研究成果

地下水中の硝酸性窒素の低減に貢献している微生物コミュニティーと窒素代謝遺伝子が明らかに

     近年、硝酸性窒素による地下水汚染が全国的に問題となっています。おおよそ、地下水の硝酸性窒素の濃度は、地表面からの窒素成分の供給量に加え、地下水の貯留量と滞留時間によって決定されます。しかし、地下水の流れ場の条件によっては、地下水に生息する微生物によって分解されるなどの自然の浄化作用が働き、硝酸性窒素濃度が低減することがあります。そのため、地下水の水質を管理する上では、硝酸性窒素の低減などに係る微生物の働きを把握する必要があります。しかし、これまでどのような微生物がどういった窒素代謝経路(一連の化学反応)で地下水中の硝酸性窒素を低減しているのかなどの十分な知見は得られていません。
     琉球大学農学部 安元純助教、北里大学海洋生命科学部 丸山莉織修士課程学生、安元剛講師、水澤奈々美博士研究員、渡部終五客員教授、熊本大学大学院先端科学研究部 細野高啓教授、産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門 飯島真理子研究員、同地質情報研究部門 井口亮主任研究員、総合地球環境学研究所 新城竜一教授、一社トロピカルプラス 廣瀬美奈博士研究員らの研究グループは、沖縄島南部地域の地下水に含まれる微生物の働きを調べました。今回、メタゲノム解析(※1)という手法により、地下水中の有機物や硝酸性窒素(※2)の低減に貢献している微生物コミュニティーと窒素代謝遺伝子(※3)の詳細を明らかにしました。今回明らかになった微生物コミュニティーによる働きは、汚水処理に利用される微生物の働きと類似しています。一方で、本地域の地下水中で働いている微生物コミュニティーはこれまで知られていなかった未知の微生物群である可能性が高く、その微生物資源としての可能性も期待されます。この成果は2024年2月22日にNature Publishing Groupが刊行する “Scientific Reports”誌に掲載されました。

    《研究成果のポイント》
    • 沖縄県南部地域の観測用の3つの井戸(サイト1〜3)で地下水を3か月間毎月採取し、水質分析とともにメタゲノム解析を行ったところ、サイト間で異なる微生物コミュニティーを有していることがわかった。特に、地下水中の微生物は存在比が全体の1%未満である細菌が多く、属レベルでは分類されない細菌も多く生息していることが明らかになった。
    • 地下水中から硝酸性窒素を窒素ガスとして放出する脱窒素作用(脱窒)(※4)と共に、硝酸イオンを亜硝酸イオンやアンモニウムイオンに変換する硝酸還元反応は重要な窒素代謝経路である。本報では、メタゲノム解析を実施し地下水中の微生物が持つ窒素代謝を担う各遺伝子の豊富さを示す新たな指標を考案した。この指標を用い硝酸還元反応を含む窒素代謝遺伝子を網羅的に調べた結果、サイト3では脱窒酵素遺伝子と共に硝酸還元酵素遺伝子を持つ微生物が増加しており、硝酸還元が地下水中の硝酸性窒素の減少に関わっている可能性が示された。
    • 今回発見された微生物コミュニティーによる窒素代謝は、汚水処理に利用される微生物の働きと類似している。一方で、本地域の地下水中で働いている微生物コミュニティーはこれまで知られていなかった未知の微生物群である可能性が高く、その微生物資源としての可能性も期待されるなど、今後の水資源としての持続的な地下水利用を行なっていくための重要な知見となった。 


    図1 地下水中の微生物群の組成

    沖縄島南部地域の調査対象の3地点(サイト 1, 2, 3)の2021年11月から2022年1月の微生物群の組成(属レベル)やその変化を表している。メタゲノム解析に基づく微生物の分類学的解析では、サイト1〜3は異なる微生物コミュニティーを有していることがわかった。特にサイト3は存在比が1%未満の細菌が多かった。また、地下水中の微生物は属レベルでは分類されない細菌が多く生息していることが明らかになった。


    図2 窒素代謝遺伝子の豊富さを表すヒートマップ

    2021年11月から2022年1月における、沖縄島南部地域の調査対象3地点(サイト 1, 2, 3)の微生物が持つ窒素代謝遺伝子の豊富さをヒートマップで表している。窒素の酸化状態に応じて、窒素代謝の生物学的プロセス(同化的硝酸還元、異化的硝酸還元、脱窒素作用、窒素固定、硝化作用)が配列されている。微生物が持つ窒素代謝遺伝子の豊富さの計算は、機能遺伝子組成比(TPM)に地下水1リットルあたりに抽出されたDNAの量(ng/L)に掛けることによって計算されている。

    <研究の背景>

     微生物活動は様々な水圏生態系の物質循環に重要な役割を果たしていると考えられていますが、地下水生中の微生物コミュニティーに関する理解は十分に得られていません。特に、研究対象とした沖縄島南部地域のような琉球石灰岩帯水層における微生物コミュニティーの研究事例はほとんどありません。また、この地域では水資源として利用されている地下水の硝酸性窒素濃度の高まりが懸念されています。地下水中の硝酸性窒素の供給源は農業(施肥)や畜産業(畜産排せつ物)と考えられています。この地域の地下水を水資源として持続的に利用するためには、供給源を低減する対策を行うとともに、地下水中で微生物活動による硝酸性窒素の除去量を把握することが重要です。これまでに我々の研究グループは、地下水の流れが比較的速いとされる琉球石灰岩の地層中でも、微生物活動による硝酸性窒素を窒素ガスに変換する脱窒素作用(脱窒)と呼ばれる「自然浄化作用」が、一部条件下では起きていることを明らかにしてきました。しかし、どのような微生物のどういった窒素代謝経路が働いているかについての詳細は明らかになっていませんでした。本報では、地下水中の微生物コミュニティーの働きと窒素代謝経路を調べるため、メタゲノム解析という手法を用いて、地下水中の微生物コミュニティーとその微生物が持つ脱窒反応などの窒素代謝に関わる遺伝子の量を定量的に評価することを試みました。

    <研究内容と成果>

     メタゲノム解析に基づく微生物の分類学的解析では、3つの井戸(サイト1〜3)の地下水は異なる微生物コミュニティーを有していることがわかりました(図1)。特にサイト3の微生物コミュニティーは、溶存有機炭素(DOC)やリン濃度といった脱窒マーカーとなる環境要因と関連していることもわかりました。この研究では、地下水中の窒素代謝遺伝子の特異的豊富さを定量化しましたが、これは窒素代謝遺伝子の組成だけでなく、地下水中の細菌の豊富さも考慮したアプローチです。したがって、窒素代謝遺伝子の特異的豊富さは、その遺伝子を持つ細菌の豊富さを示し、地下水中の活発な窒素代謝を示唆しています。サイト3では硝酸還元および脱窒に関連する遺伝子が豊富であることがわかりました(図2)。また、これらの窒素代謝遺伝子を有する微生物はこれまでよく知られているような微生物コミュニティーではなく、未知の微生物コミュニティーであること、存在比率(組成比)が1%未満の細菌が高い割合で含まれていることが示されました(図1)。今回、調査した地下水は、土壌や下水処理などの環境で異なる特徴的な微生物コミュニティーを有しており、硝酸還元および脱窒に共同で作用していることが初めて明らかになりました。つまり、サイト3の硝酸窒素濃度の値は地表からの供給された量から硝酸還元や脱窒といった微生物活動により減少した量を引いた値となっていると言えます。

    <今後の展開>

     今後の展開としては、沖縄島南部地域のような琉球石灰岩帯水層における地下水の微生物活動に関するさらなる研究が必要となります。特に、未知の微生物コミュニティーの特定とその機能の解明が重要であり、これにより地下水中の硝酸性窒素濃度を自然に減少させる「自然浄化作用」の定量化手法の構築につながる可能性があります。また、地下水の硝酸性窒素汚染を防ぐために、農業や畜産業からの窒素供給量を管理するためのより効果的な戦略の開発も求められます。これには、化学肥料と同程度の肥料効果のある堆肥肥料や緑肥の利用が含まれるかもしれません。さらに、地下水質の定期的な監視と、地下水を使用するコミュニティーへの教育と啓発活動を通じて、地下水資源の持続可能な利用に向けた意識の向上を図ることが重要です。これらの取り組みを通じて、沖縄島南部地域の地下水資源を守り、将来世代にとっても安全で持続可能な水資源を確保することが目指されます。

    <論文情報>
    • 論文名:Metagenomic analysis of the microbial communities and associated network of nitrogen metabolism genes in the Ryukyu limestone aquifer.
    • 邦題名:琉球石灰岩帯水層における微生物コミュニティーと窒素代謝関連遺伝子ネットワークのメタゲノム解析
    • 掲載紙:Scientific Reports, 14(1), February 2024
    • 著  者:丸山莉織(北里大学)、安元 剛(北里大学)、水澤奈々美(北里大学)、飯島真理子(産業技術総合研究所)、 廣瀬(安元)美奈(トロピカルテクノプラス)、井口 亮(産業技術総合研究所)、Oktanius Richard Hermawan(熊本大学)、細野高啓(熊本大学)高田良吾(琉球大学)、Ke-Han Song(琉球大学)、新城竜一(総合地球環境学研究所)渡部終五(北里大学)、安元 純(琉球大学)
    • DOI:10.1038/s41598-024-54614-8
     <用語解説>

    ※1:メタゲノム解析(図1と2参照)
     環境中に存在する微生物を培養することなくゲノムDNAを抽出して集め、その塩基配列を全て読み解くことで、どのような微生物がその環境にいるのか、またそれらが持っている機能(遺伝子)は何かを明らかにすることができます。この手法をメタゲノム解析と呼び、この研究分野をメタゲノミクスと言います。

    ※2:硝酸性窒素(NO3--N)
     硝酸性窒素(NO3--N)は、窒素が硝酸イオン(NO3-)の形で存在する化合物です。土壌や水中に自然に存在し、植物の成長に必要な主要な栄養素の一つです。硝酸性窒素は、大気中の窒素が細菌による固定や雷などの電気化学的プロセスを経て土壌に供給された後、さらに微生物の作用によってアンモニア(NH3)から亜硝酸(NO2-)へ、そして硝酸(NO3-)へと変換されることで生成されます。しかし、過剰な硝酸性窒素は水質汚染を引き起こす原因となり、特に農業からの肥料流出による地下水や河川の硝酸性窒素濃度の上昇は、環境や人の健康に悪影響を及ぼすことがあります。

    ※3:窒素代謝遺伝子
     窒素代謝遺伝子は、微生物が窒素を異なる化合物間で変換する過程を制御する遺伝子群です。これには、同化的硝酸還元、異化的硝酸還元、脱窒素作用、窒素固定、硝化作用などのプロセスが含まれ、生態系における窒素循環に不可欠です。例えば、脱窒過程では、硝酸塩が窒素ガスに還元され、大気中に放出されます。これらの遺伝子は、窒素が豊富または限定された環境で微生物が生存するための鍵となり、農業や水質管理における重要な役割を果たします。

    ※4:脱窒素作用(脱窒)
     脱窒は,硝酸性窒素 (NO3--N)や亜硝酸性窒素(NO2--N)が、酸素に乏しい還元環境において有機物や硫化物などの電子供与体が存在する条件で、脱窒菌(硝酸還元菌)の呼吸により窒素ガス(N2)および一酸化二窒素(N2O)に還元される反応です。脱窒反応が起こり得る条件としては、1)脱窒菌が存在すること、2)電子供与体となりうる有機物、硫化物、鉄などが存在すること、3)還元環境であることがあげられます。

    <研究資金>

     本研究は、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(SOLVE for SDGs)(JPMJRX19IA)、(独)環境再生保全機構 環境研究総合推進費(JPMEERF20194007)、(独)日本学術振興会(JSPS)の科研費(19K12310、20H03077)、産業技術総合研究所・環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)、総合地球環境学研究所のLINKAGEプロジェクトの支援を受けて実施しました。