研究成果

人工知能による高精度肺高血圧症診断の実現~幕開ける心臓病治療の新時代~

     琉球大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・神経内科学講座の楠瀬賢也教授と帝京大学大学院医療技術学研究科 診療放射線学専攻の古徳純一教授の研究グループが、診断の難しい肺高血圧症の新たな診断アプローチを発表しました。この研究は、英国循環器学会(British Cardiovascular Society)の学会誌である「Heart」誌に1月31日に掲載されました。

    ◆どのような成果を出したのか
     研究では、肺高血圧症が疑われた患者群(885例)のサブタイプを分類する診断において、臨床指標と心エコー図検査指標を用いた人工知能(AI)による診断モデルの効果を検証したところ、ガイドラインに基づく従来の診断法と比較してより高い精度を示しました。

    ◆新規性(何が新しいのか)
      従来、肺高血圧症の分類は医師の主観的評価に大きく依存していましたが、AIモデルを用いることで、心エコー図検査指標から客観的かつより正確に肺高血圧症のサブタイプを識別することが可能になりました。

    ◆社会的意義/将来の展望
      この研究は肺高血圧症の診断決定において、心エコー図に基づく非侵襲的な評価手法の重要性を強調しています。AIモデルの使用は、より迅速かつ正確な肺高血圧症分類を可能にし、患者の治療選択に貢献する可能性があります。琉球大学は沖縄県内でも肺高血圧症のサブタイプである肺血栓塞栓症に対するカテーテル治療を多く実施する施設であり、この分野の研究をリードすることで日本全体の循環器の発展に寄与します。


    図:解析例:肺高血圧症の3つのサブタイプ別に、どのサブタイプが最も可能性が高いかを解析し、提示してくれる。

    <発表概要>
    【研究の背景】

     肺高血圧症とは肺の血管(肺動脈)の血圧が高く息切れを生じる状態を指しますが、血圧計で簡単に測ることができる全身の血管と違い、肺動脈の血圧は侵襲性の高い心臓カテーテル検査でしか測ることができないため、発見が遅れることが多い疾患です。また、肺高血圧症という疾患に慣れている医師や看護師が少ないことも発見が遅れる理由の一つです。
     近年、肺高血圧症に対する治療薬(肺血管拡張薬)および治療法(カテーテルバルーンによる肺動脈拡張術)の進歩により、肺高血圧症は早期診断・早期治療介入することによる予後の改善が期待できる疾患となり、正確な診断の臨床的重要性はさらに増しています。
     医療現場で一般的に利用され、患者への負担が少ない心エコー図検査は、被曝が無く非侵襲的であり、ポータブル機器もあることから離島での利用も可能な検査機器です。しかし、心エコー図の解釈は複雑で主観的であり、医療施設間での専門知識の違いに依存しているため、より客観的な手法が期待されています。
     我々の研究グループでは臨床指標および心エコー図検査指標に人工知能(AI)の一種である機械学習(注1)を用いることで、肺高血圧症のタイプをより明確に区別できるかどうかを検討しました。

    【研究の方法】

     885人の患者データを用いて、肺高血圧症の非侵襲的診断を目指すために機械学習よるAIモデルを開発しました。このモデルは24の臨床指標を変数として用い、患者を肺高血圧症なし、左心不全を伴う肺高血圧症、左心不全を伴わない肺高血圧症の3つのグループに分類できるかを試みました。データセットはAIモデルの作成のために720人の患者を用い、AIモデルの性能評価のために残りの72人の患者を用いました。4つの異なるAIモデルを作成し、最も性能の高いモデルを選択しました。

    図:AI開発:心エコー図検査を含めた24の指標について収集し、肺高血圧症を分類するためのモデルを機械学習により作成した。機械学習により診断寄与度が算出され、症例ごとに肺高血圧症の診断確率が表示される。その結果を検証したところ、分類精度は従来法と比較し、52%から59%に向上した。

    【研究の結果】

     機械学習によるAIモデルは、肺高血圧症を肺高血圧なし・左心不全を伴う肺高血圧症・左心不全を伴わない肺高血圧症の3つのグループを効果的に分類することに成功しました。このモデルは、ガイドラインに基づく従来の診断法と比較してより高い精度で肺高血圧症サブタイプを識別しました(マクロ平均分類精度が52%から59%に向上)。臨床データと心エコー図データを組み合わせることで、非侵襲的かつ迅速な診断が可能となることが示されました。これにより、肺高血圧症診断の新たな可能性が開かれることとなります。

    【社会的意義・今後の展開】

     この研究は肺高血圧症の非侵襲的診断方法として、機械学習・AIを用いる新たなアプローチを提供しました。これにより、心エコー図のデータを用いて、より迅速かつ正確に肺高血圧症のサブタイプを識別することが可能になります。
     また、琉球大学では肺高血圧症の分野で重要な役割を果たしています。同大学の肺高血圧症外来では、沖縄県における肺高血圧症のスクリーニングを積極的に実施しており、地域社会におけるこの重要な健康問題に対応しています。さらに琉球大学は肺高血圧症のサブタイプの一つである肺血栓塞栓症に対して、県内でも率先してバルーン肺動脈形成術(BPA)治療に取り組んでおり、この進歩的な治療法によって多くの患者の生活の質の向上に貢献しています。肺高血圧症領域において世界をリードする研究を今後も推進し,発信していきます。

    <用語解説>

     注1)機械学習:コンピュータが与えられたデータ(訓練データ)を分析し、その中のパターンや規則性を見つけ出し、新しいデータに適用することで、大量のデータから疾患に関する有用な情報を抽出したりすることができます。

    <論文情報>
    1. 論文タイトル
      Echocardiographic artificial intelligence for pulmonary hypertension classification
      心エコーAIによる肺高血圧症の分類

    2. 雑誌名:Heart

    3. 著者:Yukina Hirata, Takumasa Tsuji, Jun’ichi Kotoku, Masataka Sata, Kenya Kusunose.

    4. DOI番号:10. 1136/ heartjnl- 2023-323320