研究成果

別経路で二度来訪していた絶滅危惧植物―世界遺産地域における生物多様性の成立過程―

概要

 タイワンホトトギス(ユリ科)は園芸的にも親しまれている丈夫な植物ですが、日本では西表島と沖縄本島のごく限られた地域にのみに野生する絶滅危惧種です。京都大学大学院農学研究科 恒成花織 修士課程学生(研究当時、現 日本放送協会)、芝林真友 博士課程学生(研究当時)、井鷺裕司 教授、遠藤千晴 研究員、京都大学大学院人間・環境学研究科 瀬戸口浩彰 教授らのグループが、琉球大学 内貴章世 准教授、横田昌嗣 教授(研究当時、現 名誉教授)、沖縄美ら島財団総合研究所 阿部篤志 室長、東北大学 牧野能士 教授、陶山佳久 教授、伊東拓朗 助教、松尾歩 学術研究員、国立台湾大学Kuo-Fang Chung 教授と共に、台湾と日本の集団を対象に比較解析を行ったところ、タイワンホトトギスは、台湾から西表島、沖縄本島へと飛び石状に分布拡大したのではなく、台湾の2つの系統から、それぞれ個別に、西表島と沖縄本島へと渡来したことがわかりました。本種は、西表島では森林内で滝飛沫がかかる場所のみに生育していますが、暗い環境に適応した光合成特性やゲノム内の有害変異の蓄積から、本質的に脆弱であることがわかりました。また、沖縄本島では森林内の渓流沿いや日当たりの良い用水路沿いに頑強な集団が生育しており、人為的な持ち込みが疑われてきましたが、自然分布であることが判明しました。世界自然遺産にも指定されている「奄美大島、徳之島、沖縄県北部及び西表島」は、日本の中でもとりわけ生物多様性の高い地域となっていますが、本研究は、この地域の生物多様性の形成過程の理解や適切かつ効果的な保全戦略の策定に寄与するものです。本成果は2024年1月10日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。


(原図:恒成花織)
図. 日本では西表島と沖縄本島のみに野生するタイワンホトトギスの系統的類縁性。点線矢印の経路で日本に移入したと考えられる。

1.背景

 生物多様性の多面的な意義については広く認識されていますが、日本列島は世界で36ヶ所存在する生物多様性ホットスポットの一つとなっています。そして日本列島のなかでも、「奄美大島、徳之島、沖縄県北部及び西表島」世界自然遺産地域は、日本の国土の0.5%に満たないながらも、維管束植物が1,819種生育しており、日本の中でも生物多様性が突出して高い地域です。このような地域の植物相を構成する個々の植物種の進化的由来や独自性を明らかにすることは、生物多様性の保全価値評価にとって重要なことです。
 琉球に生育する興味深い植物の一つにタイワンホトトギス(ユリ科)があります。本種は台湾では湿った森林内に普通種として生育していますが、日本では隔離した2地域、西表島と沖縄本島のみに生育しています。西表島では、ごく限られた渓流で日陰の滝沿いに少数個体が生育しており、環境省のレッドリストでは最も絶滅リスクが高い絶滅危惧1A類に指定されています。また沖縄本島では、森林内の渓流沿いや日当たりの良い用水路沿いに生育していますが、人里に近いため自然分布によるものか明らかになっていませんでした。
 このように、タイワンホトトギスは、絶滅危惧植物に指定されてはいるものの、丈夫で美しい花を咲かせ、園芸目的で庭や鉢に植えられ親しまれている事もあり、日本の2地域(西表島と沖縄本島)で、それぞれ異なった環境(渓流沿いの日陰と用水路沿いの日向)に生育する集団の由来や保全価値に関しては十分な理解がなされていませんでした。

2.研究手法・成果

 本研究では台湾全土と蘭嶼島、日本からは西表島、沖縄本島で採集したタイワンホトトギスと近縁種を対象に、系統関係、光合成特性、ゲノム内の有害変異量に関して比較解析を行うことで、西表島と沖縄本島に生育するタイワンホトトギスの由来と生理的特性を明らかにしました。その結果、台湾に生育するタイワンホトトギスは系統的に大きく二つに分かれていましたが、意外なことに、日本に生育するタイワンホトトギスは、台湾→西表島→沖縄本島と飛び石状に分布を拡大してきたのではなく、台湾の二系統のそれぞれから個別に、台湾→西表島、台湾→沖縄本島と分布拡大してきたことが明らかになりました。
 タイワンホトトギスは一般に丈夫な植物で、台湾では湿った森林内で繁茂していますが、西表島のものは常に滝飛沫がかかっている環境のみに生育しており、滝を取り囲む森林内には生育していません。これらの個体は、他の産地の個体と同一条件下で栽培しても、より暗い環境に適応した光合成特性を持つことがわかりました。また、西表島の集団は、他の集団に比べてゲノム内に蓄積された有害変異の量が多く、本質的に脆弱であることが判明しました。暗い環境への適応と本質的な脆弱性とが、西表島におけるタイワンホトトギスの分布を極めて限定的にしているものと思われます。沖縄本島の集団は、より明るい環境に適した光合成特性を持ち、ゲノム内の有害変異も多くはありませんでした。また、系統的特徴や遺伝的多様性の観点から、自然分布に由来するものであり、保全価値がある事がわかりました。
 本研究の解析によって、日本における絶滅危惧種の一つであるタイワンホトトギスが、異なった経路によって日本に到来し、それぞれが個別にユニークであり、保全価値があることが判明しました。さらに、同一種でありながら、ゲノムレベルで本質的に脆弱であるために、より慎重な保全が必要な集団があることを知ることができました。

3.波及効果、今後の予定

 本研究によって、日本の中でも特に生物多様性の高い「奄美大島、徳之島、沖縄県北部及び西表島」世界自然遺産地域を構成する生物種由来や集団ごとの特徴を明らかにすることができました。自然分布かどうか判明していなかった集団の由来と保全価値を明らかにしたことや、保全に際して慎重な保護策が必要な集団を前もって知ることは、世界自然遺産地域の価値の的確な評価や効率的な保全に繋げることができるでしょう。
 また、西表島の集団は地理的に近接した台湾北部ではなく、台湾の南東に位置する蘭嶼島の集団と最近縁でした。日本では西表島や石垣島のみに生育する希少種の中には、ヒメツルアダン、ヒメハブカズラ、クロボウモドキなどのように、近接する台湾島には生育しないで、蘭嶼に生育するものがいくつかあります。蘭嶼と西表島、石垣島にはあまり認識されていない生物学的なリンクがある事が示唆されました。琉球諸島の生物多様性形成過程の理解に関して、今後の興味深い研究テーマを提示していると言えるでしょう。

4.研究プロジェクトについて

 この研究は、環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20194002, JPMEERF20204003, JPMEERF20224M02)の助成を受けて実施されました。

<研究者のコメント>

 現在、多数の生物が絶滅危惧種となっていますが、それらは、現存する個体数が少ないという点では共通しています。しかしながら、詳細な解析を行うと、個々の絶滅危惧種や集団の状況はそれぞれがユニークであり、個体数のみで絶滅危惧種の状況を判断する事が困難であることを思い知らされます。種や集団の状況をよりよく理解することで、より効率的かつ効果的な生物保全につなげたいと考えています。

<論文タイトルと著者>
  1. タイトル:Double migration of the endangered Tricyrtis formosana (Liliaceae) in Japan(絶滅危惧種タイワンホトトオギス(ユリ科)の重複した日本への移入)
  2. 著  者:Kaori Tsunenari1,11, Takuro Ito2, Masatsugu Yokota3, Mayu Shibabayashi1, Chiharu Endo1, Kuo-Fang Chung4,5, Yoshihisa Suyama6, Ayumi Matsuo6, Atsushi Abe7, Akiyo Naiki8, Hiroaki Setoguchi9, Takashi Makino10, Yuji Isagi1
  3. 所  属:1 京都大学大学院農学研究科、2 東北大学学術資源研究公開センター、3 琉球大学理学部、4 国立台湾大学林業與資源保育学院、 5 中央研究院生物多様性研究センター、6 東北大学大学院農学研究科、7 沖縄美ら島財団総合研究所、8 琉球大学熱帯生物圏研究センター、9 京都大学人間・環境学研究科、10 東北大学生命科学研究科、11 日本放送協会
  4. 掲 載 誌:Scientific Reports 14:957, DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-51431-x
<参考図表>


(a)台湾産タイワンホトトギス 湿った森林内に普通種として生育する。
(b)西表島産タイワンホトトギス 西表島内数カ所の滝沿いのみに生育する。低照度の環境に適応し、ゲノム内に有害変異が多く蓄積されていて脆弱であり、慎重な保全が必要である事がわかった。
(c)沖縄本島産タイワンホトトギス 沖縄本島中部の1地域に生育するタイワンホトトギス。森林内の渓流沿いや人里近くの用水路沿いで活発に生育している。人為的に持ち込まれたとも考えられてきたが、本研究によって、自然分布由来であり保全価値がある事が判明した。
(d)園芸植物として流通・栽培されているタイワンホトトギス 西表島や沖縄本島のものとは別系統である事が本研究で明らかになった。