平成30年7月28日
琉球大学
名古屋大学
気象庁気象研究所
海洋研究開発機構
共同プレスリリース
「2017 年台風第 21 号の航空機観測を用いた
強度解析と予測実験」の結果について
気候変動に伴う顕著な自然現象の増加が懸念される中、台風の中心気圧などの強度の推定には不確実性があると考えられており、更なる台風の予測精度の向上も、防災上、重要な課題となっています。これらの課題を解決するため、2017年10月21~22日に台風第21号の中心付近に機器を投下する航空機観測を、日本人研究者として初めて実施しました。解析の結果、別紙のとおり、航空機による直接観測と衛星画像等に基づいて推定した中心気圧との間に、最大で 15hPa 程度の差があることが分かりました。また、今回の航空機観測を予測に用いた場合、進路や豪雨の予測精度が高められることも明らかとなりました。本研究成果は、琉球大学の伊藤耕介助教を主著者とした論文として、2018年7 月 28 日に日本気象学会が出版している Scientific Online Letters on theAtmosphere にて公開されました。 |
2017 年台風第 21 号の航空機観測を用いた強度解析と予測実験
研究の背景:航空機観測の必要性
台風は強風・豪雨・高潮などを伴い、人命や社会に影響を及ぼす大気現象ですが、米軍が航空機観測を中止した 1987 年以降、北西太平洋における台風の中心付近の直接観測は、ほとんど行われていません。そのため、現在、洋上に存在する台風の強さは、衛星赤外画像を用いる手法などで推定されています。しかし、衛星画像から台風の強さを推定する手法は直接の観測ではないため、航空機観測に比べて不確実性が高いと考えられます。このことは、台風に伴う被害の想定や気候変動が台風の強さに及ぼす影響を調べる上で大きな問題となっています。現在では、1980 年代には実現不可能だった台風の強さの推定手法も提案されていますが、その精度を評価するためには、航空機で台風の中心付近を直接調べる必要があります。また、航空機で台風の中心付近を観測すれば、大気の状態をより正確に把握することができます。スーパーコンピュータを用いた最先端の予測システムにこのような情報を加えることで、台風の進路や強雨の予測精度が向上し、防災・減災に役立てることができると期待できます。
航空機を用いた台風観測の実施
このような研究上の重要性に鑑み、名古屋大学・琉球大学・気象庁気象研究所では、研究観測キャンペーン T-PARCII の枠組みで、2017 年 10 月 21~22 日の 2 日間にわたり、台風第 21 号の航空機観測を行いました。実施にあたっては、ダイヤモンドエアサービス株式会社のジェット機ガルフストリームⅡから明星電気株式会社製のドロップゾンデという観測機器を 26 個投下することにより、台風の眼の中や眼を取り囲む壁雲付近で、風㏿・気温・気圧・湿度を観測しました。このような試みは、日本人研究者として初めてのものです。なお、観測は台風第 21 号が 2017 年の台風として最も強かったとされる時刻にも実施されており、その後、台風第 21 号は、上陸時の台風の大きさのデータがある 1991 年以降では初めて、超大型の状態で日本に上陸した台風となりました。
図1 (左上) 航空機観測に使用したダイヤモンドエアサービス株式会社のガルフストリームⅡ。(左下)本研究で航空機から投下したドロップゾンデと呼ばれる観測機器。観測したデータを電波で航空機に送る。(右上)観測を行った際の機内の様子。
図2 眼の中では下層に雲がかかり壁雲と呼ばれる雲が全体を壁のように取り囲んでいた。
航空機観測と衛星画像に基づく推定値の差
気象庁確定値(ベストトラックと呼ばれる主に衛星画像に基づいた事後解析による推定値)では、台風の強さの指標である中心気圧が 10月 21日15~18 時(時刻は全て日本時間)に 935 hPa、10 月 22 日 9~12 時に 915 hPa であったと発表されています。一方、航空機観測データ(確定値発表後に品質管理が完了)に基づくと、中心気圧は 10 月 21 日 16 時に 925 hPa、10 月 22 日 10時におよそ(※)930 hPa でした。両者の間にはそれぞれ 10 hPa、15 hPa の差がありましたが、この差は 1980 年代中盤までに得られた航空機観測と衛星赤外画像に基づく推定値の差(13 hPa)とほぼ同等程度でした。つまり、衛星画像を主とした推定手法に加え、航空機観測データを用いることによって、台風の強度推定を高精度化することが可能であると改めて確認されたことになります。
(※)観測地点は中心から約 10 km 離れていたと推定され、やや過大評価の可能性があります。
スーパーコンピュータ「京」を用いた再予測実験
また、T-PARCII プロジェクトにおける航空機観測を利用して予測を出していたとする場合と、利用せずに予測を出していたとする場合を比較する再予測実験を、スーパーコンピュータ「京」を用いて行いました。その結果、本航空機観測を追加していた場合、台風の進路予測精度が最大で 16%改善し、強雨(3 時間当たり 30mm 以上)の予測精度も改善することがわかりました。これは、航空機を用いた台風の直接観測が、正確な台風強度の推定のみならず、予測を出すうえでも重要な役割を果たすということを示唆するものです。
今後の展望・研究計画
今回の航空機観測の実施に関連して、今後も航空機観測を 2020 年度まで、年 1 回程度の頻度で実施し、次回以降は、リアルタイムで世界各国の主要機関が天気予報に利用できるように、航空機から観測データを世界気象通信回線に送信することも計画しています。更に、今後も、台風の強度推定・進路予測の高度化に向けて、事例を積み重ね、研究開発を進めていく予定です。
図3 衛星赤外画像と投下されたドロップゾンデ(着水直前)の分布。(a)10 月 21 日 15 時 52分(b)10 月 22 日 10 時 15 分。中心の四角は中心気圧の評価に用いたドロップゾンデを表し、衛星赤外画像はそのドロップゾンデの着水時点に最も近い時刻のものを採用。
図4 台風の中心気圧(hPa)。航空機観測に基づく値と気象庁確定値の比較。
図5 航空機観測を利用した予測実験とそうでない予測実験における進路予測誤差 (km)の比較。予測誤差は観測時から上陸前までに出した 12 回の再予測実験の平均値
謝辞
本リリースの航空機観測は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(S)「豪雨と暴風をもたらす台風の力学的・熱力学的・雲物理学的構㐀の量的解析」(研究代表者:名古屋大学 坪木和久 教授、課題番号:JP16H06311)に基づき、研究キャンペーン T-PARCII の一環として行ったものです。また、再予測実験は、文部科学省ポスト「京」重点課題 4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」(代表機関:海洋研究開発機構、研究代表者:高橋桂子 地球情報基盤センター長、http://www.jamstec.go.jp/pi4/)の一環として実施したものです。
【論文情報】
著者:Kosuke Ito, Hiroyuki Yamada, Munehiko Yamaguchi, Tetsuo Nakazawa, Norio Nagahama, Kensaku
Shimizu, Tadayasu Ohigashi, Taro Shinoda, and Kazuhisa Tsuboki
論文タイトル: Analysis and forecast using dropsonde data from the inner-core region of Tropical Cyclone Lan
(2017) obtained during the first aircraft missions of T-PARCII
雑誌名:Scientific Online Letters on the Atmosphere (SOLA)
巻・ページ:14巻, 105-110ページ
DOI:10.2151/sola.2018-018
受理日:2018年6月19日
出版日:2018年7月28日
【研究者連絡先】
琉球大学理学部物質地球科学科
助教 伊藤 耕介(いとう こうすけ)
TEL:098-895-8573
e-mail: itokosk@sci.u-ryukyu.ac.jp
名古屋大学宇宙地球環境研究所
教授 坪木 和久(つぼき かずひさ)
TEL: 052-789-3493
Fax: 052-788-6206
e-mail: tsuboki@nagoya-u.jp
【報道連絡先】
琉球大学総務部総務課広報係
TEL:098-895-8573
FAX:098-895-8013
e-mail: kohokoho@to.jim.u-ryukyu.ac.jp
名古屋大学総務部総務課広報室
TEL:052-789-2699
FAX:052-789-2019
e-mail: kouho@adm.nagoya-u.ac.jp
気象庁気象研究所企画室
TEL:029-853-8535
FAX:029-853-8549
e-mail: hyoka@mri-jma.go.jp
海洋研究開発機構広報部報道課
TEL:046-867-9198
FAX:046-867-9055
e-mail: press@jamstec.go.jp