ラン科植物1は、現在3万種近くが確認されており、被子植物の中でキク科と並んで最も種数の多いグループの一つです。その多様性の高さから、これまでに多くの園芸家を魅了してきました。一方でラン科植物は人工的に発芽させることや、栽培することが困難な種が多く、過度な山採りの結果、絶滅に瀕している種も少なくありません。鳥取大学農学部の三浦千裕研究員(日本学術振興会特別研究員RPD)と上中弘典准教授、神戸大学理学研究科の末次健司教授、琉球大学熱帯生物圏研究センターの瀬尾光範教授(理化学研究所環境資源科学研究センター 客員主管研究員)、基礎生物学研究所の重信秀治教授、千葉大学教育学部の大和政秀教授らの研究グループは、ラン科植物の発芽において植物ホルモン「ジベレリン(GA)2」の不活性化を介して菌根共生に必要な遺伝子が自動的に活性化されることを発見しました (図1)。ジベレリンの生合成阻害剤を発芽促進剤として用いることで、絶滅が危惧されるラン科植物の保全につながることが期待されます。本研究成果は2023年9月30日付で米国植物生理学会誌「Plant Physiology」にオンライン掲載されました。
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1. 研究成果のポイント
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ラン科植物は自然界で発芽する際、共生する真菌 (共生菌) から栄養をもらう必要があります。
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本研究では、ラン科植物「シラン」を人工的に発芽させた場合、共生菌がいなくても共生に必要な遺伝子が自動的に活性化されることを発見しました。
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さらにジベレリンの生合成を抑制することでランの発芽および共生を促進できることを明らかにしました。
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ジベレリンの生合成阻害剤を発芽促進剤として利用することで、これまで栽培が難しかった絶滅危惧種を人工的に発芽させる技術につながると期待されます。
2. 研究背景
植物ホルモン「ジベレリン」は種子発芽を促進する物質として高校生物の教科書にも記載される植物ホルモンですが、これまでにラン科植物の種子はジベレリンへの感受性が低いことが知られていました。
ラン科植物は共生菌から一方的に栄養をもらって生活する「菌従属栄養植物(菌寄生植物)3」の仲間です。ランでは、この共生菌への寄生が種子発芽のステージからはじまります。そのため、栄養がない種子でも共生菌から養分をもらうことで発芽することができるのです。このような特殊な発芽要求性から、ラン科植物には人工的に発芽させることが難しい種が多く、育種や保全の観点から問題になっていました。しかし発芽メカニズムが不明なことから解決策が見つかっていませんでした。
研究グループはこれまでに、ラン科植物で見られる菌への寄生メカニズムが、陸上植物の根において一般的な共生形態であるアーバスキュラー菌根共生のメカニズムと似ていることを明らかにしていました。過去の知見から、アーバスキュラー菌根共生はジベレリンによって抑制されることが知られています。そこで本研究では、ランにおいてジベレリンは発芽促進物質としての役割を失くし、不活性化されることで発芽ステージでの共生を成立させているという仮説のもと、発芽と共生が同時に起こるメカニズムを分子レベルで解明することを目的としました。
3. 研究内容
研究グループは,ラン科植物「シラン」を人工的に発芽させる系を用いてトランスクリプトーム解析4を行い、無菌的に発芽させた場合(無菌発芽)と、共生的に発芽させた場合(共生発芽)の遺伝子発現パターンを比較しました。その結果、無菌発芽させた種子の遺伝子発現パターンが共生発芽させた際のパターンとよく似ていることが明らかになりました (図2)。無菌発芽と共生発芽に共通して発現量が増加した遺伝子の中には、ジベレリンの生合成に関わる遺伝子や共生に必要な遺伝子が含まれていました。また、シランの発芽では不活性型のジベレリンが有意に増加していました。以上の結果から、シランは発芽に際してジベレリンを積極的に不活性化させ、共生菌が定着する以前から共生に必要なシステムを自動的に活性化させていることが明らかになりました。このメカニズムは発芽と共生を同時進行させるのに重要であると考えられます。
また、ジベレリンの生合成阻害剤を主成分とする市販の成長促進剤を用いてシランの無菌発芽試験を実施したところ、発芽率が有意に上昇しました (図3)。さらに、ジベレリンの生合成阻害剤は他の野生ランの発芽にも有効でした。これらの結果は、これまで人工的に発芽させるのが難しいとされてきたランを発芽させ、栽培する技術につながると期待されます。
図2 トランスクリプトーム解析の結果
無菌発芽と共生発芽の両方で発現が変動した遺伝子は全体の半数以上を占めた。
図3 成長調整剤を使った発芽試験
ジベレリンの生合成阻害剤を主成分とする成長調整剤を使ってシランの発芽試験を行ったところ、発芽率が有意に上昇した。
4. 今後の展開
共生菌への寄生は、少なくとも11科の被子植物で獲得されており、光合成能力の変化、種子サイズの変化、共生菌の変化など、植物の様々な形質の変化を伴うことが知られています。そのため植物の進化を研究する材料として優れたモデルであると考えられます。本研究により、ラン科植物は本来独立したシステムであった発芽と共生を協調させることにより、発芽時から菌へ寄生した生活史を可能にしていることが明らかになりました。本成果は、相利共生から寄生への進化プロセスを解明する糸口になると期待されます。
また本研究により、ジベレリンの生合成阻害剤がランの発芽促進物質として機能することが明らかになりました。ジベレリンの生合成阻害剤は、植物の成長調整剤として市販されています。本知見は、絶滅が危惧されるラン科植物を保全する技術として貢献し得る重要な発見であるといえます。
5. 掲載論文
- 著者: Chihiro Miura, Yuki Furui, Tatsuki Yamamoto, Yuri Kanno, Masaya Honjo, Katsushi Yamaguch, Kenji Suetsugu, Takahiro Yagame, Mitsunori Seo, Shuji Shigenobu, Masahide Yamato, and Hironori Kaminaka(三浦千裕、古井佑樹、山本樹稀、菅野裕理、本城真也、山口勝司、末次健司、谷亀高広、瀬尾光範、重信秀治、大和政秀、上中弘典)
- 論文名:Auto-activation of mycorrhizal symbiosis signaling through gibberellin deactivation in orchid seed germination(ランの種子発芽ではジベレリンの不活性化を介して菌根共生シグナリングが自動的に活性化される)
- 掲載誌:Plant Physiology (2023) (https://doi.org/10.1093/plphys/kiad517)
6. その他
本研究は、「日本学術振興会科学研究費助成事業」、「鳥取県環境学術研究等振興事業」、「基礎生物学研究所共同利用研究」、「日本学術振興会特別研究員制度」の支援を受けて実施しました。
【用語説明】
1ラン科植物:736属からなる約28,000種もの多様性をもつ単子葉植物のグループで、その全てが発芽において菌に寄生しているといわれている。共生菌のパートナーとしては主にリゾクトニアに属するグループの真菌もしくは外生菌根菌が同定されている。リゾクトニア属菌は落ち葉や枯れ木などを分解する腐生能力をもつ腐朽菌であることから、ラン科植物は共生菌を介して落ち葉や枯れ木から栄養を摂取しているともいえる。独立して生きることのできる腐朽菌がなぜラン科植物と共生し栄養を搾取されるようになったのかについてはまだよくわかっていない。
2ジベレリン(GA):ジテルペン型の植物ホルモンで、植物の成長や発達に重要な役割を持つ。発芽においてジベレリンは胚乳に蓄積したデンプンを分解する酵素であるアミラーゼの生合成を活性化し、成長のエネルギーを生み出す。
3菌従属栄養植物:菌寄生植物とも呼ばれる。70%以上の陸上植物は光合成によって固定した炭素を根に共生するアーバスキュラー菌根菌に渡し、その代わりにリンなどのミネラルをもらうことで相利的な共生関係を構築している。一方で菌従属栄養植物は共生菌から炭素源とミネラルの両方を受け取ることができる。ラン科植物の種子は胚乳を全く持たず、発芽に必要な栄養を蓄えていないため、共生菌に養分を依存して発芽する(= 少なくとも発芽段階では菌従属栄養性を示す)。植物自身に動植物の死体を分解する能力があるという誤解により、かつては腐生植物と呼ばれていた。
4トランスクリプトーム解析:対象とする生物種の細胞、組織内に存在する全ての遺伝子転写産物 (mRNA) の量を計測する技術。本研究ではRNAシーケンスという方法を用いてトランスクリプトーム解析を行った。この方法は、これまでに研究例が少なく、ゲノム情報もない非モデル生物を解析対象にすることができる点で優れている。