国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 飯島 真理子 研究員、地質情報研究部門 井口 亮 主任研究員、鈴木 淳 研究グループ長と、北里大学 安元 剛 講師、琉球大学 安元 純 助教(総合地球環境学研究所・共同研究員)らは、稚サンゴの飼育実験と骨格観察により、リン酸塩の濃度とサンゴの骨格形成の関係を明らかにしました。 下線部は【用語解説】参照 |
<ポイント>
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稚サンゴを飼育する海水の量やリン酸塩濃度を変えて骨格形成量を算出
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リン酸塩濃度だけでなく負荷量(濃度×流量)が骨格形成に影響を与えることを発見
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サンゴ保全に向けて、廃水処理などの対策に新たな知見
河川や地下水を通じて流出したリン酸塩がサンゴの骨格形成を阻害する模式図。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
開発の社会的背景
豊かな生態系をはぐくむサンゴ礁は魚などの海中生物に食糧や居住の場所などさまざまな恩恵をもたらします(図1)。近年、海洋酸性化やサンゴの大規模白化などによりサンゴの減少が問題となっていますが、その原因は解明されておらずサンゴ保全に向けた対策は進んでいません。サンゴは主に亜熱帯・熱帯の貧栄養の海域に生息しており、陸域から供給される過剰な栄養塩がサンゴ減少の原因の1つとして考えられています。陸域から海域へ流出してもサンゴに影響がでない栄養塩量を評価することができれば、廃水規制など具体的なサンゴ保全対策を制定することができます。栄養塩のうちリン酸塩は、サンゴが生育する海域での濃度が約0.5 µM以下と極めて低く、サンゴの骨格形成に与える影響は問題視されていませんでした。
図1 沖縄県のサンゴ礁(2024年撮影)。
研究の経緯
産総研と、北里大学、琉球大学、総合地球環境学研究所は、陸域からもたらされるリン酸塩などの栄養塩がサンゴの骨格形成に与える影響について、サンゴ飼育実験、骨格分析により研究を進め、陸域から流出したリン酸塩が石灰質の砂に吸着・溶出してサンゴの骨格形成を阻害することを発見しました(2021年3月17日 産総研プレス発表)。近年、海水中のリン酸塩がサンゴの細胞間の隙間から細胞外石灰化液に到達して骨格表面に吸着し、骨格形成を阻害することが分かり、海水中のリン酸塩の濃度だけでなく、リン酸塩の負荷量がサンゴの骨格形成に影響する可能性が示唆されました。しかし、サンゴの飼育実験では、実環境とは異なる約5 µMという高濃度のリン酸塩を含む海水が用いられ、リン酸塩の負荷量が骨格形成に与える影響については検証されていませんでした。
なお、本研究開発は、環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20194007)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP18K19237、JP19K12310、JP20H03077、JP22KJ3179、JP22K14943、JP23K11406)、産総研・環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)による支援を受けています。また、水循環を軸にサンゴ礁の島々での資源の保全を研究しているLINKAGEプロジェクト(総合地球環境学研究所)の一環で行なっています。
研究の内容
琉球列島に広く分布する代表的なサンゴの一つであるミドリイシ属サンゴを用いてリン酸塩を含む海水の飼育海水量(負荷量:濃度×流量)を変化させて稚サンゴを飼育しました。まず、一定のリン酸塩濃度においてリン酸塩の負荷量の変化が骨格形成に及ぼす影響を調べるために、濃度2 µMのリン酸塩(リン酸水素二ナトリウム;Na2HPO4)を含む0.5 mL、2.5 mL、300 mLの海水で稚サンゴを約5カ月間飼育し、同じ濃度・量の海水と毎日交換しました。洗浄・乾燥後にマイクロ天秤を用いてサンゴの骨格重量を測定し、実体顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)で骨格を観察しました。その結果、リン酸塩濃度が一定であるにもかかわらず、飼育に使用する海水量が増加するにつれて、稚サンゴの骨格形成量が減少することがわかりました(図2)。
図2 海水にリン酸塩(Na2HPO4)を2 µM添加して、約5か月飼育したミドリイシ属サンゴ稚ポリプ骨格のSEM像。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
次に、低濃度のリン酸塩濃度の影響を調べるため、濃度0.5 µM、1.0 µM、2 µMのリン酸塩(Na2HPO4)を含む900 mLの海水で稚サンゴを約1カ月間飼育し、同じ濃度・量の海水と毎日交換しました。上述の実験と同様の測定・観察を行った結果、リン酸塩濃度が0.5 µMで飼育した稚サンゴも骨格形成が明らかに阻害されることがわかりました(図3)。
海水の量が増加するとサンゴの骨格成分であるカルシウムの流入量も増加しますが、リン酸塩の量も増加し、それがサンゴの骨格表面に大量に吸着して骨格形成を阻害します。これまでの飼育実験ではリン酸塩濃度が5 µM程度から骨格形成に影響が出るという報告が多いですが、これはリン酸塩の負荷量を考慮していないのが原因だと考えられます(図4)。
図3 海水にリン酸塩(Na2HPO4)を0.5 µM添加して、約1か月飼育したミドリイシ属サンゴ稚ポリプ骨格のSEM像。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図4 リン酸塩の負荷量の変化がサンゴに及ぼす影響の模式図。リン酸塩が低濃度であっても流量が多ければサンゴの骨格形成を阻害する。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今後の予定
今後、陸域から海域へ流出する陸域負荷の対策のために、サンゴに悪影響を及ぼしうるリン酸塩の負荷量の閾値を算出し、琉球大学と共同で進めている地下水の高精度の水循環モデルなども考慮して、陸域・海域両方を視野に入れたサンゴ礁保全策の提言へとつなげていきます。
論文情報
- 掲載誌:Marine Pollution Bulletin
- 論文タイトル:Adverse effects of total phosphate load from the environment on the skeletal formation of coral juveniles
- 著者:Mariko Iijima, Ko Yasumoto, Jun Yasumoto, Akira Iguchi, Mina Yasumoto-Hirose, Kanami Mori-Yasumoto, Nanami Mizusawa, Mitsuru Jimbo, Kazuhiko Sakai, Atsushi Suzuki, Shugo Watabe
- DOI:10.1016/j.marpolbul.2024.117395
用語解説
骨格形成
サンゴは炭酸カルシウムの骨格を形成して底質に固着し、生活史を維持している。近年、海洋酸性化やリン酸塩の負荷によって、この骨格形成の阻害が懸念されている。
負荷量
濃度と流量の積で表される。これは、特定の物質が環境中にどれだけ存在するかを示す指標であり、環境負荷の評価に使用される。
陸域負荷
陸域由来の物質でサンゴの生育に悪影響を及ぼすもの。サンゴ礁においては、栄養塩や赤土の流出などが挙げられる。これらの物質は、陸地から河川や雨水を通じて海に流れ込み、サンゴの健康を損なう原因となりえる。