研究成果

全ゲノム配列解析により見えてきた沖縄島と宮古諸島の集団の形成過程 目標3:すべての人に健康と福祉を目標10:人や国の不平等をなくそう目標16:平和と公正をすべての人に

     琉球大学医学部先端医学研究センターの小金渕佳江特命助教(現・東京大学大学院理学系研究科)、琉球大学大学院医学研究科の松波雅俊助教、今村美菜子准教授、前田士郎教授、石田肇名誉教授、木村亮介教授の研究チームによる研究成果が、人類遺伝学の学術雑誌「Journal of Human Genetics」誌に掲載されました。

    <ポイント>
    • 琉球列島の人々の詳細な集団形成過程を明らかにするため、沖縄島出身者25名と宮古諸島出身者25名の集団ゲノム解析を行った。
    • 沖縄島の人々と宮古諸島の人々は異なる遺伝的背景をもつことが確認された。
    • 現在の沖縄島と宮古諸島の人々の成立過程を説明するには、両者の祖先として同一の琉球縄文人集団が想定できることが示された。
    • 本州日本から琉球列島への移住がグスク時代にあったと想定されるが、沖縄と宮古の祖先集団で本州日本からの移住率が異なる可能性が示唆された。
    • 現在の宮古諸島内に存在する集団構造は、グスク時代以降に生じた島間の複数回の移住によって説明できることが確認された。
    • これらの成果は、琉球列島の人々の複雑な歴史を明らかにし、東アジアを俯瞰した過去の活動を紐解く一助となる。
    <発表概要>
    ①研究の背景
    琉球列島の集団史

     琉球列島は1000km以上にも広がる日本列島南端の島嶼地域です(図1)。そこに位置する奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島はそれぞれが地理的に分断されており、独自の文化を形成してきたことが知られています。しかし、それらの地域にどのような人々が移住したのか、どのような集団の変遷があったのかについての詳細は未だ議論の余地があります。


    図1 日本列島と近隣地域の地図。

     先史時代の琉球列島には異なる2つ文化圏が存在していました(Koganebuchi & Kimura, 2019)。奄美・沖縄諸島は先史時代を含む北琉球では、狩猟採集を中心とする縄文文化の影響を受けた貝塚時代(6,700–700年前頃)が始まりました。一方で、宮古・八重山諸島を含む南琉球は、縄文文化の影響を受けることなく、下田原文化(4,200-3,500年前頃)や無土器文化(2,500-900年前頃)といった独自の文化が成立したことが分かっています。そして、約800年前に双方の地域でグスク文化が生じたことによって、南北琉球が文化的に統一されます。グスク文化は、農耕や鉄器の拡散、政治的な競争によって特徴づけられ、本土日本からの移住や中国との交流の影響を受けたものと考えられています。
     琉球列島を含む日本列島の人々は、主に縄文人と渡来系弥生人の遺伝的な混ざり合いによって形成されたと考えられています。そして、琉球列島の人々と本土日本の人々との遺伝的な違いは、琉球列島の人々が縄文人由来ゲノムをより多く受け継いでいることによるものと理解されています。
     琉球列島内の島間における人々の遺伝的な違いについては、これまでの研究において、宮古諸島出身者と沖縄諸島出身者の間で遺伝的に分化していることが示されています(Sato et al., 2014)。また、宮古諸島の人々は、沖縄諸島からの複数回の移住を経験していることが示唆されており、宮古諸島内の集団構造が形成されたことが示されています(Matsunami et al., 2021)。しかしながら、貝塚文化を担った琉球縄文人集団からの遺伝的影響、およびグスク時代以降の本土日本からの移住や琉球列島の島間で生じた移住による遺伝的影響のすべてを考慮した集団形成史の復元はこれまで試みられていませんでした。
     そこで本研究では、ヒトが持つDNA配列である約30億塩基の遺伝情報を取得し、それを集団間で比較解析することで、琉球列島の人々の詳細な成り立ちを明らかにしました。特に今回は、沖縄諸島と宮古諸島の人々に注目し、これら二つの地域における縄文人と本州日本の人々の遺伝的影響の違いと、琉球列島内での過去の人の移住の程度について解析しました。

    ②研究内容

     沖縄島住民25名と宮古諸島住民25名の計50名のDNA試料を用いて、全ゲノム配列(注1)を取得し、集団ゲノム解析(注2)を行いました。

    琉球列島の人々の集団構造

     琉球列島の人々とアジアにおける近隣地域の集団の遺伝学的関係性を評価しました(図2A)。その結果、琉球列島の人々に最も近縁なのは本州日本の人々で、その次に韓国人、東アジア大陸部の集団、東南アジアの集団という順番でした。台湾と琉球列島は地理的には近いですが、台湾原住民のアミ族とアタヤル族は琉球列島の人々と遺伝的には遠く、遺伝的な交流は著しく小さかったことが示唆されます。この結果は先行研究(Sato et al., 2014)とも一致していました。
     次に、日本列島の集団の特徴をより詳細に確認するため、沖縄と宮古、本州日本、中国の漢族に注目しました(図2B)。先行研究(Matsunami et al., 2021)と同様に、宮古諸島内での集団構造がみられるとともに、沖縄から宮古にかけて遺伝的な勾配があることが確認されました。沖縄島の人々と近いところに位置した宮古諸島の人々は、宮古島および多良間島出身者であり、このまとまりを南部宮古クラスターとします。また、沖縄島の人々と離れて位置した宮古諸島の人々は、池間島および伊良部島出身者であり、北部宮古クラスターとします。これ以降の分析では、宮古諸島の人々をこれら2つのグループに分けて実施しました。


    図2 全ゲノム配列データを用いて主成分分析を行なった結果。横軸は第1主成分得点、縦軸に第2主成分得点を示す。一つ一つの点は個人を表しており、点と点の間の距離は遺伝学的な違いを反映している。この図では地域集団ごとに色分けをしている。(A)琉球列島と東アジアおよび東南アジアの集団。(B)漢族、本州、沖縄、宮古の集団。

     

    過去に起きた集団サイズの変動

     琉球列島の人々が過去にどのような集団サイズの変動を経験したかを推定しました(図3)。その結果、沖縄は漢族および本州と同程度の変動であったことが示されましたが、北部宮古と南部宮古では近年の集団サイズの減少が見られ、特に北部宮古で顕著であったことが分かりました。


    図3 全ゲノム配列データに基づく過去の集団サイズの推定。横軸は現在から遡った世代数、縦軸は有効集団サイズを表している。

    ゲノム情報から推定した集団形成史

     日本列島の集団間の遺伝的交流の痕跡を調査しました。その結果、本州よりも沖縄や宮古の方が縄文人からの遺伝的影響が有意に大きいことが確認されました。沖縄と北部宮古、南部宮古を比較すると、縄文人からの遺伝的影響の大きさには、これらの集団間で統計学的な差はありませんでした。
    図4 琉球列島の人々の集団形成過程のモデル推定。実線の矢印とその横に添えた数字は、集団にどの程度の遺伝的浮動が生じたのかを示したもの。波線の矢印とパーセントの数字は、交雑の向きとその交雑率を表したもの。遺伝的太い枠線で示された集団は、インプットデータとして使った現代人集団。四角で表した集団は本土縄文人に由来する沖縄縄文人、八角形で示した集団は、琉球縄文人と本土日本人の交雑で形成した集団を表す。

     次に、これまでの結果と過去に報告されている琉球列島の歴史に基づいて、集団形成過程を推定しました(図4)。解析の結果、沖縄と宮古の祖先集団として、それぞれではなく、同一の琉球縄文人の集団を仮定すれば良いことが明らかになりました。また、本州の人々の縄文人ゲノム率は17%と推定されたのに対し、琉球列島の人々の縄文人由来ゲノム率はトータルで36%程度(17%×77%+23%)と推定されました。
     縄文人からの遺伝的影響の大きさには現在の沖縄と宮古の集団間で有意な差がないことを上で述べましたが、図4の結果から、グスク時代における本土日本からの移住率に沖縄と宮古の間で少しの違いがあった可能性が示唆されます。その遺伝的違いは、その後の島間の移住によって薄れてきた可能性があります。また北部宮古においては移住の影響に加えて、比較的最近に集団サイズが減少したことにより、遺伝的浮動(注3)の影響を強く受け、遺伝的構成が他の集団に比べて大きく変化したことが示唆されました。本研究で示した集団形成モデルは、考古学や史学の資料からは推定が難しく、ゲノム解析手法を取り入れることで初めて可能になったものです。

    ③社会的意義・今後の予定

     本研究は、①琉球列島人の祖先として1つの縄文人集団を仮定すれば良いこと、②現代の沖縄および宮古諸島集団は、移住と孤立により形成されてきたことを示しました。
     ただし、今回調査に用いたのは沖縄と宮古の2つの地域のゲノム情報であり、琉球列島全体について考察ができたわけではありません。例えば、より九州に近い奄美諸島や、より西に位置する八重山諸島や与那国島など、それぞれの集団形成史は異なる可能性があり、今後の検証課題と言えます。今後、解析対象とする地域と検体数を増やすことで、より詳細な琉球列島の歴史や近隣地域とのつながりが遺伝学の観点から明らかにできると考えられます。

    ④参考文献

    Koganebuchi, K., & Kimura, R. (2019). Biomedical and genetic characteristics of the Ryukyuans: demographic history, diseases and physical and physiological traits. Annals of Human Biology, 46(4), 354–366.
    Matsunami, M., Koganebuchi, K., Imamura, M., Ishida, H., Kimura, R., & Maeda, S. (2021). Fine-Scale Genetic Structure and Demographic History in the Miyako Islands of the Ryukyu Archipelago. Molecular Biology and Evolution, 38(5), 2045–2056.
    Sato, T., Nakagome, S., Watanabe, C., Yamaguchi, K., Kawaguchi, A., Koganebuchi, K., Haneji, K., Yamaguchi, T., Hanihara, T., Yamamoto, K., Ishida, H., Mano, S., Kimura, R., & Oota, H. (2014). Genome-wide SNP analysis reveals population structure and demographic history of the ryukyu islanders in the southern part of the Japanese archipelago. Molecular Biology and Evolution, 31(11), 2929–2940.

    <用語解説>

    (注1)   全ゲノム配列
    生物の遺伝情報全体を構成するDNA配列のこと。ヒトの遺伝情報全体をヒトゲノムと呼び、それはA、T、C、Gの4種類の塩基から構成されるDNA配列に保存されている。
    (注2)   集団ゲノム解析
    解析対象となる集団のゲノムデータと他の地域集団のゲノムデータを用いて、解析対象集団の遺伝学的特徴を明らかにする解析方法のこと。それらの集団間の遺伝的近縁性や交雑の有無、過去の集団サイズの増減などを推定する。
    (注3)   遺伝的浮動
    生物集団において、対立遺伝子頻度が偶然性によって変化する現象。集団中の各個体が子孫を残すことが可能な年齢になるまで生存し、子孫を残せるかどうかは偶然によって決まるため、ある世代の対立遺伝子は、親世代の対立遺伝子からランダムに選ばれると言える。また遺伝的浮動の効果は、集団を構成する個体数が少ない時に大きくなり、個体数が多い時に小さくなる。

    <謝辞>

     本研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業・新学術領域研究(研究領域提案型)(木村亮介: 19H05349, 21H00347)、基盤研究(B)(木村亮介: 21H02573)、若手研究(小金渕佳江: 18K14805)、琉球大学・沖縄バイオインフォメーションバンクプロジェクト、同大・時空間ゲノムプロジェクト、沖縄県・先端医療実用化推進事業の支援を受けて実施されました。

    <論文情報>
    1.  論文タイトル:Demographic history of Ryukyu islanders at the southern part of the Japanese Archipelago inferred from whole-genome resequencing data(全ゲノム配列解析データから推定された日本列島の南部に位置する琉球列島の人々の集団史)
    2. 雑誌名:Journal of Human Genetics
    3. 著者:Kae Koganebuchi*, Masatoshi Matsunami, Minako Imamura, Yosuke Kawai, Yuki Hitomi, Katsushi Tokunaga, Shiro Maeda, Hajime Ishida, Ryosuke Kimura*
    4. DOI 番号:10.1038/s10038-023-01180-y
    5. アブストラクト URL:https://doi.org/10.1038/s10038-023-01180-y