研究成果

再発性呼吸器乳頭腫症の新規病態の解明 ~重症度評価、新規治療法へ期待~

<研究成果のポイント>
⚫再発性呼吸器乳頭腫症で、浜松医科大学で開発されたナノスーツ-CLEM法を用いて、HPV粒子が形成される過程を世界で初めて可視化することに成功しました。
⚫再発性呼吸器乳頭腫症では、HPV粒子が確認可能な症例は重症例であることがわかりました。免疫染色のみで判定可能であるため、早期の臨床応用が期待されます。
⚫HPVの再感染を予防するHPVワクチン接種やHPV粒子産生を抑制する薬剤の開発による治療法の開発が期待されます。

※本研究成果は、国際学術誌「Scientific Reports」に日本時間4月6日18時に公表されます。

<概要>
 浜松医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座の山田智史医師、三澤清教授、同ナノスーツ開発研究部の河崎秀陽准教授、琉球大学病院耳鼻咽喉・頭頸部外科の池上太郎助教、鈴木幹男教授らの研究グループは、浜松医科大学で開発されたナノスーツ-CLEM法により、再発性呼吸器乳頭腫症でHPV粒子が形成される過程を世界で初めて可視化しました。さらに、HPV粒子を認める症例に重症例が多い事を明らかにしました。再発性呼吸器乳頭腫症の重症度評価への応用や新規治療法の開発が期待されます。

<研究の背景>
 再発性呼吸器乳頭腫症は喉頭(のど仏)にある声帯を中心として発症する良性腫瘍です。HPVが関与することが多い疾患です。10万人あたり小児では4.3人、成人では1.8人に発症するとされています。1回の手術治療で治癒する症例、生涯にわたり何百回もの手術を行っても治癒しない症例、癌化する症例など重症度に大きな幅のある疾患です。手術以外に確立された治療法はありません。また、たった1回の手術であっても声帯に対して手術を行うと、声帯は瘢痕化し硬くなり、嗄声(声がれ)が後遺症として生涯にわたり残ることがあります。患者さんへの疾病負荷が高い疾患です。
 再発性呼吸器乳頭腫症はHPVの持続感染が原因であると言われてきましたが、持続感染の決定的な証拠をつかむ事はできていませんでした。そこで私たちは、浜松医科大学で開発された走査型電子顕微鏡の観察手法であるナノスーツ-CLEM法の技術を用いて、HPV粒子がどのように腫瘍から産生されているのか、疾患の重症度との関わりについて研究を行いました。

<研究手法・成果>
 HPVの殻にあたるカプシドタンパク質であるL1、HPVの粒子形成に関与するE4に対して、免疫染色を行いました。L1とE4は腫瘍の表層を中心として、同一の分布を示していました。次いで、ナノスーツ-CLEM法を用いて免疫染色でL1が陽性となった細胞を調べると、核内にHPV粒子が充満していることが明らかになりました(図1)。再発性呼吸器乳頭腫症の腫瘍の表層から基底層にかけて同様の手法で観察を行い、HPV粒子形成の過程を世界で始めて可視化することに成功しました(図2)。腫瘍からHPV粒子が産生されることから、本疾患の病態がHPVの持続感染であるという仮説を強く裏付けるものです。
 さらに、HPV粒子が確認できるL1免疫染色が陽性となる症例は統計学的に手術回数が優位に多く、手術間隔が優位に短いことが分かり、重症例であることがわかりました。

<今後の展開>
 免疫染色は臨床で標準的に行われる検査手法です。このため、L1の免疫染色は臨床応用のハードルが低く、早期導入を目指しています。また、重症度評価の精度を高めるため、現在国内の20の大学や施設と共同研究を行っています。
 HPV粒子の産生を抑制する薬剤の開発や、HPVワクチン接種によるHPV再感染の予防が本疾患の治療に役立つ可能性があり、研究を進めています。

<用語解説>
●HPV(ヒトパピローマウイルス、human papillomavirus):50~60nm程の大きさで、200種類以上の種類があります。再発性呼吸器乳頭腫症はHPV6型や11型、中咽頭癌や子宮頸癌はHPV16型や18型が原因となることが多いです。

●ナノスーツ法:ショウジョウバエの幼虫が高真空状態の走査型電子顕微鏡内で生きたまま観察可能であることに着目した、浜松医大で開発されたバイオミメティクス技術です。ナノスーツ溶液を塗布するだけで、本来の立体構造を保持したまま簡便に走査型電子顕微鏡で観察が可能です。

●CLEM法(光電子相関顕微鏡法、correlative light and electron microscopy):光学顕微鏡と電子顕微鏡のそれぞれで同一部位を観察する顕微鏡観察手法です。ナノスーツ-CLEM法は両者を組み合わせた観察手法です。

<発表雑誌>
Scientific Reports  (DOI: 10.1038/s41598-023-32486-8)

<論文タイトル>
Association between Human Papillomavirus Particle Production and the Severity of Recurrent Respiratory Papillomatosis

<著者>
Satoshi Yamada, Toshiya Itoh, Taro Ikegami, Atsushi Imai, Daiki Mochizuki, Hiroshi Nakanishi, Ryuji Ishikawa, Junya Kita, Yuki Nakamura, Yoshinori Takizawa, Jun Okamura, Yoshihiro Noda, Toshihide Iwashita, Takahiko Hariyama, Mikio Suzuki, Kiyoshi Misawa, Hideya Kawasaki

<研究グループ>
 本研究は、浜松医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座/ナノスーツ開発研究部/産科婦人科/琉球大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座の共同研究として行われました。

<研究支援>
 本研究は、日本学術振興会 (20K09689、20K18249、20K18250、20K18277)、および浜松医科大学学内研究プロジェクトの支援をうけてまとめられた成果です。

<報道解禁日時>
日本時間 4月 6日(木)18時以降から掲載可能(紙面では7日朝刊以降)

 

<参考図>


図1 HPVのカプシドタンパク質であるL1の免疫染色を行い、陽性部分を光学顕微鏡と走査型電子顕微鏡で同一部位を同定しました(ナノスーツ-CLEM法)。100000倍まで拡大して観察すると核内に無数のHPV粒子が観察されました。


図2 HPV粒子は腫瘍最表層のBでは無数に認めますが、やや下層のCでは数がまばらでした。D~FではHPV粒子は確認できませんでした。