研究成果

高活性・高耐久な世界最薄の白金ナノシート電極触媒を開発 ― 新奇軸の触媒開発で、FCVなどの飛躍的な普及拡大に期待 ―

 琉球大学理学部の滝本大裕助教をはじめとする琉球大学、信州大学による研究チームは、京都大学、株式会社日産アークの協力の下、固体高分子形燃料電池の酸素極における触媒活性と耐久性をそれぞれ2倍高められる白金ナノシート酸素極触媒の開発に世界で初めて成功し、当該成果が、イギリスの学術雑誌「Nature Communications」誌に掲載されました。

<発表のポイント>
◆白金酸化物で構成される層状物質を剥離し、還元処理を施すことで、世界最薄の白金ナノシート(厚み0.5 nm、横サイズ数百nm)を世界初で開発しました。

◆開発した白金ナノシートを燃料電池用触媒へ応用することで、従来の白金ナノ粒子触媒を凌駕する触媒性能を得ることに成功しました。

◆これにより、燃料電池の低コスト化、および発電性能が高まり、燃料電池の本格普及を後押しできます。

◆白金ナノシートは、燃料電池用電極触媒への応用にとどまらず、付加価値の高い化学製品製造のための触媒応用等、多様な応用を期待できます。

 

1.概要                                                                                                  
 琉球大学理学部の滝本大裕助教をはじめとする琉球大学、信州大学による研究チームは、京都大学、株式会社日産アークの協力の下による研究成果が、イギリスの学術雑誌「Nature Communications」誌に掲載されます。
 現在、実用化されている燃料電池には、直径5 nm程度の白金や白金コバルト合金などのナノ粒子電極触媒※1が使用されていますが、作動中にナノ粒子が肥大化し、活性が低下するという課題があります。
 そこで琉球大学をはじめとする研究チームは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」※2の支援を受けて、燃料電池自動車(FCV)※3用燃料電池の性能と耐久性をさらに向上させると同時に、コストの大幅な低減を実現する革新的電極触媒※4の開発に取り組んできました。
 今回、私たち研究チームは、従来のナノ粒子触媒から脱却した新概念の触媒開発に取り組み、厚みが0.5 nmの白金ナノシート※5の開発に世界で初めて成功しました。白金ナノシートの酸素極における触媒活性は、標準的性能の市販白金ナノ粒子に比べて2倍高いことを確認しました。また、白金ナノシートで加速劣化試験を行ったところ、白金ナノ粒子の耐久性より2倍高いことがわかりました。以上の成果により、FCVや定置用燃料電池の性能と耐久性の飛躍的向上を期待できます。
 今後、琉球大学と信州大学は、構造最適化や最先端計測・解析手法による反応機構の解明を通して、さらなる高活性・高耐久な触媒設計指針の確立を目指します。また、貴金属メーカーとともに量産化に対応できるプロセス設計の技術開発を進めるとともに、自動車会社などと連携して実用化に向けた研究開発を進めます。
 なお、本成果は国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に、日本時間2023年1月9日午後7時に掲載されます。

2.今回の成果                                                                                           
(1)白金ナノシート触媒の開発
 世界初で合成された単原子層厚みの酸化白金ナノシートは、琉球大学と信州大学が独自開発した層状酸化白金酸塩※6の層剥離※7により得られます(図1a)。層状酸化白金酸塩を剥離して得られる単原子層白金酸ナノシートの厚みは、0.9 nmと極めて薄い二次元板状結晶であることがわかりました(図1b)。この白金酸ナノシートを還元処理することで酸素原子が除去され、厚みが0.5 nm程度の白金ナノシートを得られました。放射光実験の結果より、得られた白金ナノシートは2-3原子層で構成されていることがわかりました。この白金ナノシートは、従来の合成法では得られないほどの極薄二次元構造であることがわかりました。


図1.(a)層状白金酸塩を出発物質としてイオン交換反応と剥離工程を経ることで、白金酸ナノシートを得たのち、還元処理により厚みが0.5 nmの白金ナノシートを得ることができる。(b) 白金酸ナノシート(左)および白金ナノシート(右)の原子間力顕微鏡像と高さプロファイル。コントラストの薄い箇所は、ナノシートの存在する場所をしめしており、還元後には厚みが減少していることがわかる。

 

(2)白金ナノシート触媒の酸素極としての活性・耐久性能比較
 白金ナノシートを高比表面積炭素に付着(担持)した触媒(以下、Pt NS/C触媒、図2)は、粒子サイズが約3 nmの白金ナノ粒子を炭素に担持した標準的性能の市販触媒(以下、Pt NP/C触媒)と比較して、初期の活性(化学的に活発な性質)が2倍高いことがわかりました(図3)。種々の測定検討から、高活性化の要因は、白金ナノシートの極薄構造による大きな電気化学的活性表面積(ECSA)に起因することがわかりました(約120 m2/g)。このECSA値を白金ナノ粒子で実現するためにナノサイズ化すると、粒子が不安定化してしまい、触媒としての利用が困難になります。
 開発した白金ナノシートの安定性を明らかにするために、Pt NS/Cを酸素極として用いて加速劣化試験で評価し、Pt NP/Cと安定性を比較しました。その結果、Pt NS/C触媒のECSA維持率は、Pt NP/Cより2倍高いことを確認し、劣化が抑制されていることを明らかにしました。また、放射光実験により、白金ナノシートの耐久性が高い要因は、白金の原子同士が結合している割合がナノ粒子より多いため、白金原子の溶解・再析出が抑制される機構であることも解明できました。
 以上の性能比較より、開発した白金ナノシート触媒は、従来の白金ナノ粒子触媒と比較して、大きな優位性を有していると考えられます。


図2.開発したPt NS/C触媒の透過型電子顕微鏡像の図(赤点線で囲んだ部分が白金ナノシート)


図3.開発したPtナノシート触媒(Pt NS)と3 nm Ptナノ粒子触媒(Pt NP)の触媒性能
(a)耐久試験前(Beginning of Life: BOL)と耐久試験後(End of Life: EOL)の電気化学的活性表面積値、(a)耐久試験前(BOL)と耐久試験後(EOL)の酸素還元反応活性値

 

3.今後の予定                                                                                                                    
 本研究では、開発した白金ナノシート触媒の構造と電極触媒能を明確にすることを優先しました。燃料電池自動車や商用車への適用に向けては更なる活性向上および耐久性向上が必要となることから、今後は白金ナノシート触媒の構造最適化を図るとともに、量産化に対応できるようにプロセス設計を行っていく予定です。また、ナノシートという独特な形状により、腐食が問題となるカーボン担体を使用せずに触媒層を形成することで更なる耐久性向上につながる可能性があることから、触媒層構造の最適化や触媒層形成プロセスの検討も同時に進めていく予定です。これら実用化を見据えた技術開発を進めることで、燃料電池自動車や定置用燃料電池の飛躍的な性能と耐久性の向上に貢献していきます。
 本研究では、燃料電池用電極触媒への応用を検討しましたが、白金は排ガス触媒や化成品合成触媒など、様々なアプリケーションにおいて重要な役割を担っています。今後、様々な分野への白金ナノシートの応用を図り、白金ナノシートの潜在能力を引き出せる研究開発への展開も検討します。

【注釈】
※1 ナノ粒子:大きさ(直径)が100 nm程度かそれ以下の粒子の総称。100 nmは1000万分の1メートルのこと。

※2 燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業事業期間:2020年度~2024年度
   事業概要:https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100182.html

※3 燃料電池自動車(FCV):空気中の酸素と水素を利用して発電し、水しか生成しないクリーンな次世代自動車用動力源であり、2014年に乗用車に搭載され販売されている。

※4 電極触媒(カソード触媒):正極では酸素を還元する反応を促進するため白金や白金コバルト系の電極触媒を、負極では水素を酸化する反応を促進するため白金や白金ルテニウム系の電極触媒をカーボンブラックに担持した触媒が利用されている。

※5 ナノシート:厚さがナノメートル(10-9 m)オーダーで、二次元的に広がった板状結晶のことを示し、酸化物、カルコゲン化物、炭素(グラフェン)などがあり、近年は金属ナノシートにも注目が集まっている。ナノ粒子と比較して安定性が高い、比表面積が大きい、薄膜形成や多孔化が容易などといった特徴がある。また、三次元的なバルク(塊状体)や一次元のナノ粒子と違った二次元ナノ材料に起因する特異性が生まれることが多い。特に、一原子層または二原子層厚みのナノシートは、すべての原子が表面に露出しており、利用効率は原理的に100%と極めて高い。しかし、これまでの合成法では、白金ナノシートの厚みが数nmにもなるため、ナノシート特有の高い利用効率を達成できなかった。

※6 層状酸化白金酸塩(層状化合物):KxPtyOzで表される複合酸化物であり、負電荷を帯びた金属酸化物層[PtyOz]m-の間に、陽イオンKn+が挟まれた構造をしている。この層状白金酸塩を酸処理すると層間イオンのKn+がイオン交換され、層状酸化白金酸塩HxPtyOzが得られる。

※7 層剥離:層状酸化白金酸塩に対して、傘高い分子のイオン交換反応、続いて振とう処理を行うことで、金属酸化物層を剥離できる。

 

<論文情報>
論文タイトル:Platinum nanosheets synthesized via topotactic reduction of single-layer platinum oxide nanosheets for electrocatalysis(単層酸化白金ナノシートのトポタクティック還元による原子レベル極薄白金ナノシートの合成と燃料電池触媒への応用)

雑誌名:Nature Communications

著 者:Daisuke Takimoto, Shino Toma, Yuya Suda, Tomohiro Shirokura, Yuki Tokura, Katsutoshi Fukuda, Masashi Matsumoto, Hideto Imai, and Wataru Sugimoto
 滝本大裕(信州大学先鋭材料研究所、琉球大学理学部)、當間志乃(琉球大学理学部)、須田祐矢、白倉智基、都倉勇貴(信州大学繊維学部)、福田勝利(京都大学産官学連携本部)、松本匡史、今井英人(株式会社日産アーク)、杉本 渉(信州大学先鋭材料研究所、信州大学繊維学部)

DOI:10.1038/s41467-022-35616-4

URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-35616-4