研究成果

世界初!不妊虫放飼法を用いた甲虫類の根絶事例 ~沖縄県久米島における19年間の侵略的外来種アリモドキゾウムシ根絶プロセス~ 目標1:貧困をなくそう目標2:飢餓をゼロ目標3:すべての人に健康と福祉を目標8:働きがいも経済成長も目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう

 琉球大学農学部の日室千尋博士(協力研究員)、沖縄県病害虫防除技術センターの原口大班長らの研究チームによる研究成果が、国際学術雑誌「PLOS ONE」誌に掲載されました(日本時間2022年5月13日付け)。

<発表のポイント>
◆成果:2012年12月に沖縄県久米島において、サツマイモの害虫で、侵略的外来種であるアリモドキゾウムシCylas formicariusに対して世界で初めて実施された不妊虫放飼法による根絶プロセスを報告した。
◆新規性:現在、世界中で不妊虫放飼法を用いた害虫の根絶事業が行われているが、甲虫類の広域的な根絶事例は世界初である。沖縄県では1993年のウリミバエ以来、同方法を用いた害虫根絶は2種目である。
◆社会的意義/将来の展望:環境負荷が少ない害虫管理法である不妊虫放飼法は、世界中で注目されており、本論文の成果は甲虫類根絶事業の重要な礎となる。また、久米島でのサツマイモ栽培振興のきっかけとなった。

<発表概要>
 琉球大学農学部日室千尋博士(協力研究員)、沖縄県病害虫防除技術センター原口 大(班長)らの研究チームは、2012年12月に沖縄県久米島において、サツマイモの害虫で、侵略的外来種であるアリモドキゾウムシCylas formicarius(注1)に対して実施された19年間にわたる不妊虫放飼法(注2)を用いた根絶プロセスを報告しました。
 根絶プロジェクトでは、まず1994年11月から1999年1月にかけて、雄除去法(注3)により野生個体群の密度を大幅低下させました。その後、毎週数十から数百万頭、合計で4億6千万頭の不妊虫を久米島全域に放飼し、防除しました。
 その結果、野生寄主植物であるノアサガオでは、580箇所、88,333本を分解調査したところ、2011年10月に発見されたのを最後にその寄生率はゼロでした(下図参照)。またサツマイモでは、茎12,748本、塊根48,749個を分解調査したところ、1996年11月に発見されて以来その寄生率はゼロでした。これらの結果を受け、2012年12月28日に久米島において世界で初めてアリモドキゾウムシの根絶が確認されました。甲虫類において、不妊虫放飼法を用いた根絶は初めての事例となりました。本論文は、沖縄県を中心に実施した19年間に及ぶ、45億円をかけた特殊病害虫特別防除事業の集大成の報告になります。

 

<研究の詳細>
①研究の背景・先行研究における問題点
 不妊虫放飼法は、環境に優しい害虫防除法と注目されており、沖縄県では1993年にウリミバエの根絶に成功しました。また世界では、ネッタイシマカ、ツェツェバエなどの衛生害虫やチチュウカイミバエなどの農業害虫に対しても、不妊虫放飼法を用いた根絶事業が現在も行われています。
 世界的なサツマイモの大害虫アリモドキゾウムシは、その分布を拡大しており、日本の南西諸島でも大きな被害をもたらしており(下図参照)、サツマイモ畑におけるその被害率は20〜100%に至ります。
 そのため、植物防疫法によりサツマイモの本土への出荷が停止されています。
 そこで、沖縄県では雄除去法と不妊虫放飼法を組み合わせた広域的な総合的害虫管理法によって、アリモドキゾウムシの根絶事業に取り組みました。


図2 アリモドキゾウムシに加害されたサツマイモ

 

②根絶の方法と結果
 根絶プロジェクト開始前に、標識再捕獲法によって、久米島に生息するアリモドキゾウムシの個体数を推定したところ、おおよそ雄だけで50万頭も生息していることが明らかとなりました。そこで、まずは1994年11月から1999年1月にかけて、雄誘引トラップを使用した雄除去法により、野生個体群の密度を大幅に低下させました。その後、毎週数十から数百万頭、合計で4億6千万頭の不妊虫を久米島全域に放飼し、防除を行いました。
 その結果、野生寄主植物(野生で寄生される植物)であるノアサガオでは、580箇所、88,333本を分解調査したところ、2011年10月に発見されたのを最後にその寄生率はゼロでした。またサツマイモでは、茎12,748本、塊根48,749個を分解調査したところ、1996年11月に発見されて以来、その寄生率はゼロでした。これらの結果を受け、2012年12月28日に久米島において世界で初めてアリモドキゾウムシの根絶が確認されました。また、甲虫類における不妊虫放飼法を用いた根絶は初めての事例となりました。

③社会的意義・今後の予定など 
 環境負荷が少ない害虫管理法である不妊虫放飼法は、世界中で注目されており、本論文の成果は甲虫類根絶事業の重要な礎となり、SDGsの一環である「持続可能な農業生産」へ貢献しうる新たな技術としての大きな一歩となります。また、アリモドキゾウムシ根絶を受けて久米島では紅イモの増産の機運が高まり、2015年3月には沖縄県から甘薯拠点産地の認定を受け、現在では沖縄全体の約50%を生産するに至っています。紅イモをペーストやパウダーに加工する施設も建ち、 久米島産紅イモパウダーを使用したエリーゼや沖縄アルフォート(ブルボン)など、新たな商品が毎年のように開発されています。
 不妊虫放飼法を用いたアリモドキゾウムシの根絶事業は、沖縄県うるま市津堅島でも2007年より行われ、2020年12月に根絶が達成されました(Ikegawa et al. 2022)。こちらは、世界で2例目の成功例となりました。この成功例をもとに世界中で根絶事業が行われることで、根絶地域におけるサツマイモの生産量増加や移動制限解除の解除をもたらし、地域経済の発展、食料自給率アップに貢献できると考えられます。

参考文献
Ikegawa Y., Kawamura F., Sadoyama Y., Kinjo K., Haraguchi D., Honma A., Himuro C., and Matsuyama T. Eradication of sweetpotato weevil, Cylas formicarius, from Tsuken Island, Okinawa, Japan, under transient invasion of males. Journal of Applied Entomology. In press. https://doi.org/10.1111/jen.13004

<用語解説>
注1:アリモドキゾウムシ Cylas formicurius
   体長約6mmのゾウムシの1種。熱帯、亜熱帯地域に広く分布するサツマイモの重要な世界的害虫。日本の侵略的外来種ワースト100に選定されている。日本国内ではトカラ列島以南の南西諸島、及び小笠原諸島に分布する。食害されたサツマイモは有害物質イポメアマロンを産出するため、人畜にとって有害となり、その経済的損失は、世界中で年間〜ドル以上と言われている。

注2:不妊虫放飼法
   害虫管理方法の1つ。対象害虫を大量に増殖し、放射線等で不妊化し野外へ放すことで野生虫同士の交尾を妨げ、繁殖を阻害、害虫密度を抑制し、やがて根絶に至らせる手段である。この方法でキュラソー島やフロリダ半島でのラセンウジバエCochliomyia hominivoraxの根絶成功を初めとし,日本でも1993年に琉球列島でウリミバエZeugodacus cucurbitaeの根絶が達成された.農薬などと違って環境負荷が少ない害虫管理法として世界で注目されている。

注3:雄除去法
   ある種の化学物質などを用いて、雄のみをトラップなどに大量に誘引し、殺すことで野生虫同士の交尾を阻害し、野生虫の密度を抑制する方法。たとえば、メチルオイゲノールというミカンコミバエの雄を強力に誘引する物質と殺虫剤を染み込ませた板(テックス板)を散布、設置する雄除去法によって、南西諸島に侵入したミカンコミバエはわが国から1986年に根絶された。

 

<論文情報>
論文タイトル:First case of successful eradication of the sweet potato weevil, Cylas formicarius (Fabricius), using the sterile insect technique. (アリモドキゾウムシCylas formicarius (Fabricius)を不妊虫放飼法によって根絶成功した初めての事例)

掲載誌名:PLOS ONE

著者名:Chihiro Himuro*, Tsuguo Kohama, Takashi Matsuyama, Yasutsune Sadoyama, Futoshi Kawamura, Atsushi Honma, Yusuke Ikegawa and Dai Haraguchi*
    日室千尋(琉球大学農学部、琉球産経(株)、沖縄県病害虫防除技術センター)、小濱継雄(沖縄県病害虫防除技術センター、現在は宜野湾市)、松山隆志(沖縄県病害虫防除技術センター、現在は沖縄県農業研究センター)、佐渡山安常(沖縄県病害虫防除技術センター)、河村太(沖縄県病害虫防除技術センター)、本間淳(琉球大学農学部、琉球産経(株)、沖縄県病害虫防除技術センター)、池川雄亮(琉球大学農学部、琉球産経(株)、沖縄県病害虫防除技術センター)、原口大(沖縄県病害虫防除技術センター)

DOI番号:10.1371/journal.pone.0267728

アブストラクトURL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0267728