研究成果

生物多様性ビッグデータで日本の外来生物分布を地図化:「ダーウィンの難題」を解明し外来植物の侵入メカニズムを解明

 琉球大学理学部・久保田康裕教授の研究チームは、生物多様性ビッグデータを分析して、“ダーウインの難題”と呼ばれる外来生物侵入の仕組みを解明しました。
 研究チームは、世界の生物多様性ホットスポットの1つである日本を舞台にして、外来植物と在来植物の分布を地図化し、外来植物の侵入を決定している要因を検証しました。その結果、日本国内の外来植物の侵入・定着には、外来種の原産地、人為かく乱、在来植物群集の空きニッチが関係していることが明らかになりました。

 国内の外来種ホットスポットの地理分布には、外来種の原産地に依存した気候環境要因の影響と、都市化が関係していました。これらの結果から、今後の温暖化で、熱帯由来の外来植物が日本北部地域へ分布拡大し、都市化が生物学的侵入を加速させることが、予想されました。
 一連の研究成果に関する論文は、Springer Natureから刊行された保全生物学誌「Biological Invasions」、およびWileyから刊行された生物地理学誌「Journal of Biogeography」に掲載されました。

<発表概要>
背景と研究の視点                                                            

「外来種がどのような地域に侵入するのか?」という問題は、生物地理学の長年の課題です。150年以上も前に、イギリスの偉大な自然科学者であるチャールズ・ダーウィンが「種の起源」で考察したことから、「ダーウィンの難題」と呼ばれています。ダーウィンは、外来種の侵入の仕組みについて以下(渡辺政隆 訳 光文社)のように述べています。

「よその土地での帰化に成功した植物は、一般にその土地の原産種の近縁種であると、予想されるかもしれない。原産種は、その土地のために特殊創造され適応した種と見なされているからである。あるいは、帰化植物は新しい生息地の中の特定の場所に、特に良く適応した少数のグループに属していると予測したくなる」。

このダーウィンの見解は、在来種と系統的に近縁な外来種ほど、在来種と似通った生態学的特性を有しているので、在来生物群集の環境に適応して侵入しやすいという、前適応仮説と呼ばれます。

しかし、ダーウィン は「ところが実際にはそうではない・・・」と、真逆の仮説を、データに基づいて示すのです。ダーウィン は「合衆国北部の植物相便覧」の帰化植物属を見て、その多く(100属/162属以上)が土着(在来)でないことを発見します。

ダーウィンはこの結果を元にして、系統的に遠縁の種間では、生態学的特性があまり似通っていないので、外来種が在来の土着種との競争で有利になり帰化しやすいという、帰化仮説(在来種と系統的に異なる外来種が帰化しやすい)を提案します。

これら帰化仮説と前適応仮説、俗な言い方をすると「類は友を呼ぶ(似た者同士が集まる)」ように外来種が侵入するのか、あるいは「類を異にする(同属嫌悪)」で在来種と似てない者が侵入しやすのか、ということですが、相矛盾しているので、外来種の侵入の仕組みは、ダーウィンの難題と呼ばれるようになりました。

ダーウィンは、以下のように述べて、この難題の解決を、後世の研究者に委ねました。

「よその土地で土着種と闘争して帰化に成功した動植物の性質を調べれば、土着種同士の間で相手よりも優位に立つために遂げるべき変化について、何がしかのヒントが得られるだろう」。

日本は島国で生物多様性ホットスポットとして知られ、外来種に関するダーウィンの難題を解明するのに、理想的な地域です。日本に帰化した外来種の性質を調べれば、外来種の侵入の仕組みが理解できると考えられます。このような背景と観点から、琉球大学理学部・久保田康裕教授の研究チームは、外来種の研究を展開しています。

内容
日本の外来種を可視化する

研究チームは、日本に帰化している外来種子植物(1094種)の分布と、日本在来の種子植物(4664種)の分布を、種ごとに網羅的に地図化しました。そして、外来種それぞれの原産地(生物地理学的な由来)を可視化しました(図1)。

次に、日本各地を見渡して、外来種の多い地域(外来種ホットスポット)(図2)や外来種の種組成や、外来種と在来種の系統的な関係(近縁なのか遠縁なのか)を定量し、群集系統の構造を可視化しました。ちなみに、このように国全体の在来生物と外来生物の分布と組成を、高解像度で定量した研究は、国際的にあまり前例がありません。


図1:日本に侵入した外来植物の原産地

 

ダーウィンの難題を検証する


図2:日本に侵入した外来植物種数の地図。赤い地域ほど、外来種の多いエリアであることを示す

研究チームは、この生物多様性ビッグデータを用いて、最初に「ダーウィンの難題」の解明に挑みました。独創的な点は、帰化仮説を生物学的ニッチ、前適応仮説を気候環境ニッチに対応させて、相反する仮説を生態学的ニッチの考え方に当てはめたことです(図3)。

日本の在来種と外来種の空間分布を重ね合わせて、在来種と外来種の系統データを統合して分析を行った結果、生物学的ニッチに適応して侵入成功した外来種もいれば、気候環境ニッチに適応して侵入成功した外来種もいるということが明らかになりました。

つまり、「ダーウィンの難題」は、生態学的ニッチの異なる側面を見ていたのです。日本を舞台にした研究で、ダーウィンの2つの相矛盾する仮説が和解され、外来種の侵入様式に複数の仕組みがあることが証明されました。

 


図3:生態学ニッチの2面性を元に「ダーウィンの難題」を和解

外来種ホットスポットが形成される仕組み

さらに、研究チームは分析を進めて、「日本のどのような地域、どのような環境条件に、どのような外来植物が侵入しやすいのか?」を検証しました。これは、外来種の侵入リスクを元に、日本の植物多様性の保全を図る上で重要な問題です。

外来種の侵入には、その原産地に加えて、侵入先の環境(気候、土壌など)、かく乱体制、在来生物群集の生物学的抵抗(空きニッチの量)が関係していると予想されます。そこで、外来種ホットスポットが形成される仕組みを理解するために、外来種の原産地グループごとに、外来種数を決定する要因を、パス解析と呼ばれる統計手法で検証しました(図4)。

パス解析の結果から、以下の点が明らかになりました。日本の地理区と同じ原産地の外来種の場合、日本の地域の気温に適応して侵入し、同時に、人為活動による土地改変にも関係して、日本国内に外来種ホットスポットを形成していました(図4の左)。

一方、日本の地理区と異なる原産地の外来種は、気候などの環境条件とは無関係で、人為活動による土地改変に関係して、日本国内に外来種ホットスポットを形成していました(図4の右)。

全外来種を含めて見ると、以下のように北から南まで、大都市周辺に外来種ホットスポットが集中していました(図5)。また、北日本の冷涼な地域にも外来種のホットスポットが見られます。これは、日本と同じ温帯~亜寒帯からの外来種が多く存在するためです。

 図4:外来種の侵入要因
(左)日本の地理区と同じ原産地の外来種。(右)日本の地理区と異なる原産地の外来種

日本の地理区と離れた原産地(南米、アフリカ、オーストラリア;どれも熱帯を含む地域)から侵入した外来植物に着目すると、そのホットスポットは日本の南側に制限されていました(図6)。これは「定着地域」が気候による制限を受けていることを示唆しています。一方、パス解析の結果(図4の矢印参照)では「定着地域内」では気候による制限は見られませんでした。


図5:外来植物ホットスポットと大都市の関係。黄色のエリアほど外来種の種数が多い

図6:日本の地理区から離れた原産地(南米、アフリカ、オーストラリア)から侵入した外来植物のホットスポットの地理分布。黄色のエリアほど外来種の種数が多い

 


図7:日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)
https://biodiversity-map.thinknature-japan.com

外来種ホットスポットを指標にして、地域的な侵入のしやすさを考えると、外来種の侵入可能性は、外来種の生物地理学的な由来(原産地)と、在来植物群集の構造、物理的環境要因(気候、地形、土壌) の組み合わせで、決定されていることが明らかでした。

これらの結果からは、今後の温暖化によって、熱帯由来の外来植物が日本の北部地域へ分布拡大すること、あるいは、都市化による土地改変が外来種の由来とは無関係に生物学的侵入を加速させることが、予想されました。

今後の展望

日本の島環境には、地域固有の生物多様性が歴史的に育まれてきました。しかし、現在の国際的物流に付随した外来種の侵入、および、気候変動に関係した外来種の拡大は、日本固有の生物多様性を未来へ引き継いでいく上で、大きな脅威になっています。本研究チームでは、脊椎動物(哺乳類・鳥類・両生類・爬虫類・魚類)の外来種についても分析を進めており、日本の生物多様性保全を科学的エビデンスに基づいて推進しています(図7)。

研究助成

本研究は、(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費(4-1501/4-1802)」、(独)日本学術振興会「科学研究費助成事業(15H04424)」および「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」の支援を受けて実施されました。

発表論文1
【タイトル】Biogeographical origin effects on exotic plants colonization in the insular flora of Japan(日本の外来植物侵入に関する生物地理学的原産地の影響)
【著者】Buntarou Kusumoto 1,2, Yasuhiro Kubota 1, Takayuki Shiono 1, Fabricio Villalobos 3
1 Faculty of Science, University of the Ryukyus, Nishihara, Okinawa, Japan
2 Faculty of Agriculture, Kyushu University, Fukuoka, Japan
3 Red de Biología Evolutiva, Instituto de Ecología, A.C., Xalapa, Veracruz, Mexico
【雑誌】Biological Invasions(2021年5月9日発行)
【DOI】https://doi.org/10.1007/s10530-021-02550-3
【URL】https://link.springer.com/article/10.1007/s10530-021-02550-3

発表論文2
【タイトル】Reconciling Darwin’s naturalization and pre‐adaptation hypotheses: An inference from phylogenetic fields of exotic plants in Japan(外来生物侵入に関するダーウインの難題を解決:生物群集の系統フィールドによる検証)
【著者】Buntarou Kusumoto 1,2, Fabricio Villalobos 3, Takayuki Shiono 1, Yasuhiro Kubota 1
1 Faculty of Science, University of the Ryukyus, Nishihara, Okinawa, Japan
2 Faculty of Agriculture, Kyushu University, Fukuoka, Japan
3 Red de Biología Evolutiva, Instituto de Ecología, A.C., Xalapa, Veracruz, Mexico
【雑誌】Journal of Biogeography(2019年8月25日発行)
【DOI】DOI: 10.1111/jbi.13683
【URL】https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/jbi.13683