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強い毒を持つ外来種オオヒキガエルは、捕食した在来動物に中毒を引き起こすことがあります。日本では石垣島を含む複数の島に定着し、西表島でも侵入個体が繰り返し発見・駆除され、固有種を含む野生生物への影響が懸念されています。京都大学野生動物研究センターの戸部有紗日本学術振興会特別研究員PD、村山美穂教授、琉球大学の伊澤雅子名誉教授らの研究グループは、野生動物の毒耐性を評価する第一歩として、先行研究の整理と公開遺伝子情報によるスクリーニングを実施しました。その結果、両島の在来陸生脊椎動物185種のうち96種で解析に必要な情報が得られ、イリオモテヤマネコを含む多くの種で、毒への感受性に関係する部位に祖先型の配列が確認されました。一方、クロツラヘラサギ、サシバ、カンムリワシでは、毒耐性との関連が示唆されるアミノ酸置換が確認されました。ただし、変異型が本当に毒耐性を高めるのか、祖先型が本当に毒に弱いのかは、まだ明らかになっていません。本研究は、保全に向けた遺伝子スクリーニングの可能性と限界を示し、今後の詳細な耐性評価の基盤となるものです。本研究成果は、2026年10月15日にスイスの国際学術誌「Genes」にオンライン掲載されました。
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1.背景
強心ステロイド1とよばれる毒を持つオオヒキガエルは、世界各地に害虫対策として移入されてきました。オーストラリアでは、定着したオオヒキガエルを捕食した在来生物が中毒死した事例が報告され、在来の生物への影響が懸念されています。日本でも複数の島へ移入された歴史があり、石垣島には1977年に初めて持ち込まれ、その後、島の広範囲に定着しました。一方、石垣島から約20km離れた西表島では、オオヒキガエルの定着は確認されていないものの、これまで複数個体が島内で発見、駆除されており、侵入の脅威にさらされています。両島には、島の中で独自の進化を遂げた多くの固有種、固有亜種が生息し、特に西表島はその独特の生物多様性が評価され、2021年にはユネスコ世界自然遺産の一部として登録されました。このような中で、在来生物がオオヒキガエルの毒にどの程度耐えられるのかを把握することは、外来種の侵入による影響を理解し、侵入防止や保全対策を検討するうえで重要です。
強心ステロイドへの耐性は、この毒を持つ動物や植物を食べる、複数の限られた生物の間での収斂進化2が確認されています。その分子機構の一つとして、強心ステロイドの標的であるナトリウムカリウムポンプ(NKA)3とよばれる酵素の構造変化が挙げられます。NKAの構造の一部は、ATP1Aと呼ばれる遺伝子群によって決まります。特に、NKAのα1サブユニットをつくるATP1A1遺伝子では、111番目や122番目のアミノ酸⁴が別のアミノ酸に置き換わることで、強心ステロイドに対するNKAの感受性が変化する場合があることが知られています。しかし、その効果は変異の種類や周囲のアミノ酸配列などによっても異なり、特定の変異が見つかったとしても、その生物が実際に毒に耐えられるとは限りません。一方で、こうした遺伝子情報を活用することで、毒耐性に関連する可能性のある特徴を多くの生物種から効率的に探し出し、今後の詳細な研究につなげられる可能性があります。
研究グループはこれまでに、オオヒキガエルを頻繁に捕食することが知られているカンムリワシについて、ATP1A1遺伝子に強心ステロイドへの耐性に関わる可能性のあるアミノ酸置換が存在することを報告しました。しかし、石垣島と西表島に生息するその他の生物については、こうした遺伝的特徴が十分に調べられていませんでした。そこで本研究では、強心ステロイド耐性に関するこれまでの分子生物学的・進化学的研究を整理するとともに、石垣島と西表島に生息する陸生脊椎動物を対象に、公開されている遺伝子情報を用いた網羅的なスクリーニングを行いました。これにより、遺伝子情報から毒耐性に関するどのような手がかりが得られるのか、また、その情報を保全に活用するうえでどのような限界があるのかを検討し、今後の総合的な毒耐性評価に向けた基礎情報を得ることを目指しました。
2.研究手法・成果
近年、分子生物学的研究の発展により、さまざまな生物のゲノム情報が解読され、公開データベースに蓄積されています。研究グループは、これらの情報を活用し、石垣島と西表島に生息する陸生脊椎動物を対象に、オオヒキガエルの毒への耐性に関連する可能性のある遺伝的特徴を網羅的に調査しました。また、過去の分子実験や進化に関する研究を整理し、確認された遺伝子変異が毒への感受性にどのように関係する可能性があるのかを検討しました。
その結果、対象となった在来生物185種のうち96種について、毒耐性の評価につながる遺伝子情報を得ることができました。環境省レッドリスト(2020)において絶滅危惧IA類に指定されるイリオモテヤマネコを含むほとんどの種では、毒への耐性との関連が注目されている111番目と122番目に祖先型のアミノ酸配列が確認されました。一方、カンムリワシに加えクロツラヘラサギ、サシバの3種では、毒への耐性との関連が示唆される特徴的なアミノ酸置換が確認されました。クロツラヘラサギとサシバは、今回のスクリーニングによって、今後その変異の機能を検証すべき種として新たに注目されます。
ただし、これらの変異が実際に毒への耐性を高めるかどうかは、今回の研究だけでは判断できません。また、祖先型の配列を持つ種が必ずしも毒に弱いことを意味するわけでもありません。本研究は、遺伝子情報を活用した網羅的なスクリーニングによって、今後の毒耐性研究において注目すべき種や課題を明らかにするとともに、この手法を野生動物の保全に応用するための基盤を示しました。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、石垣島と西表島に生息する陸生脊椎動物を対象に、公開されている遺伝子情報を活用した網羅的なスクリーニングを行い、強心ステロイドへの耐性に関連する可能性のある遺伝的特徴を整理しました。この成果は、外来種による影響を評価するための第一歩として、遺伝子スクリーニングを活用する可能性を示すものです。一方で、遺伝子情報のみから野生生物の毒耐性を判断することには限界があり、実際の耐性を明らかにするためには、分子実験や生理学的研究、生態学的調査を組み合わせた総合的な評価が必要です。また、特に爬虫類や両生類では、解析に利用できる遺伝子情報が十分に蓄積されておらず、多くの種をスクリーニングの対象にできないという課題も明らかになりました。 今後、遺伝子スクリーニングを野生動物の保全に広く応用していくためには、特定の分類群に偏ることなく、さまざまな生物種の遺伝子情報を蓄積していくことが重要です。
今回、多くの在来種で祖先型の配列が確認されましたが、これらの生物が実際にどの程度オオヒキガエルの毒に耐えられるのかは、依然として明らかになっていません。特に、西表島のみに生息する絶滅危惧種イリオモテヤマネコは、カエルを頻繁に捕食することから、オオヒキガエルが侵入した場合の影響が懸念されます。 今後は、侵入の可能性に備え、分子実験や生理学的研究を通じて毒への感受性を評価することが重要です。また、今回のスクリーニングでは、新たにクロツラヘラサギ、サシバの2種で、強心ステロイドへの耐性との関連が示唆される特徴的なアミノ酸置換が確認されました。すでに置換が報告されていたカンムリワシに加え、これらの生物が持つ変異が実際にどのような機能を持つのか、また、どのような進化的背景で生じたのかを明らかにすることが、今後の興味深い研究課題となります。さらに、野外での捕食行動や強心ステロイドへの曝露状況を調べることで、遺伝的特徴と実際の毒耐性との関係をより総合的に理解できると期待されます。
今後は、今回得られた遺伝子情報を出発点として、毒への感受性を直接調べる研究や野外での生態学的調査を進め、外来種の侵入による影響を予測し、野生生物の保全対策に役立てることを目指します。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、JSPS科研費(JP25KJ1561)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2110)および環境省・(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費」(JPMEERF20244M01)の支援を受けて実施されました。
<用語解説>
1. 強心ステロイド:生命維持に不可欠である、細胞内外のイオン濃度勾配の維持に重要な膜貫通型タンパク質の働きを阻害する。
2. 収斂進化:系統的に大きく異なる生物間においても同じ形質が進化すること。強心ステロイドへの耐性は脊椎動物のみならず昆虫などにも見られる。
3. ナトリウムカリウムポンプ(NKA):強心ステロイドが働きを阻害する膜貫通型タンパク質の名称。
4. アミノ酸:遺伝子の塩基配列に基づいて合成される。DNAの塩基(A、T、G、C)の3つ一組のコード(コドン)が1つのアミノ酸を指定し、これが連なってタンパク質を構成する。
<研究者のコメント>
オオヒキガエルの毒への耐性についてはまだまだ未解明な点が多く、これから解明しなければいけない課題が山積しています。日々生物の進化のすばらしさに感嘆しつつ、外来種問題の解決の難しさにも翻弄されながら、島の保全に貢献できるよう、一歩一歩研究を進めています。(戸部)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Molecular Screening for Potential Resistance to Toxic Invasive Prey: Implications for Island Conservation
(有毒外来種への耐性の可能性を遺伝子から探る:島嶼生態系の保全に向けて)
著 者:Alisa Tobe, Masako Izawa, Miho Inoue-Murayama
掲 載 誌:Genes
DOI:10.3390/genes17101286
<参考図表>
