研究成果

腸内細菌叢が脳マラリアに対する防御と重症度に影響を与える 〜Zero Malaria を⽬指して〜 目標3:すべての人に健康と福祉を

     琉球⼤学⼤学院医学研究科 ⾕⼝ 委代 助教と岸本 英博 教授、帯広畜産⼤学 鈴⽊ 宏志 名誉教授、理化学研究所統合⽣命医科学研究センターの⼤野 博司 グループディレクターらの研究チームによる研究成果が、学術雑誌「Tropical Medicine and Health」誌に掲載されました。

    ◆どのような成果を出したのか
     脳マラリアは、熱帯熱マラリア感染の最も重篤な合併症です。近年、宿主の腸内細菌叢がマラリア感染に影響を与えることが明らかにされてきましたが、 脳マラリアに与える影響はこれまで不明でした。我々は、実験的脳マラリアのモデルを⽤いて、脳マラリアの病態に腸内細菌が関与していることを世界で初めて明らかにしました。
    ◆新規性
     本研究成果は、特定の腸内細菌種・組成が宿主の脳マラリアに対する感受性および抵抗性を調節し得ること、さらには、腸内細菌叢が感染症の転帰に重要な影響を与えることを⽰しています。
    ◆社会的意義/将来の展望
     本研究は、宿主と病原体の相互作⽤に関する理解を深め、腸内細菌叢の調節を介した脳マラリアの予防戦略の新たな可能性を⽰唆するものです。

    <発表概要>
    研究の背景
     マラリアは、蚊の吸⾎によって引き起こされる最も重要な熱帯寄⽣⾍感染症です。年間2 億8200 万⼈の罹患者と61 万⼈もの死亡者が推定されており(2024 年)、持続可能な開発⽬標(SDGs)の⼀つとして、2030 年までにマラリアを根絶するZero Malaria(ゼロマラリア)への取り組みが地球規模でなされています。⽇本における患者は、マラリア流⾏地を訪れた⼈が帰国後に発症する輸⼊マラリアでありますが、感染早期には、発熱、頭痛、悪寒といった⾵邪様の症状を呈することから、診断および治療が遅れることによる重症化が問題となっています。マラリアは予防・治療が可能ですが、早期に治療しなければ死に⾄ることもある疾患です。中でも脳マラリアは、意識障害、痙攣、昏睡などの症状を呈する熱帯熱マラリアの重篤な合併症です。
     マラリアは、発熱、貧⾎および脾腫に加え、消化器症状が⾼頻度に認められることから、腸内細菌制御は、その予防・治療における新たなアプローチとなる可能性があります。近年、宿主の腸内細菌叢がマラリア感染病態に影響を与えることが⽰され、マラリア感染への腸内細菌叢の関与についての多くの研究がなされています。我々は、実験的脳マラリア(Experimental Cerebral Malaria; ECM)のモデルにおいて、ヒトのマラリア患者同様の⼩腸病変が⽣じているとともに腸内細菌叢が劇的に変化して腸内細菌バランス失調(dysbiosis)を起こしていることを世界に先駆けて報告してきました(Taniguchi, 2015)。しかしながら、腸内細菌が脳マラリアに及ぼす影響は依然として不明でした。
     今回我々は、宿主の腸内細菌叢が脳マラリアに影響を与えるか否かを調べるため、抗⽣剤投与により腸内細菌叢を変化させてECM への影響を検討しました。

    研究内容
     実験的脳マラリア(ECM)は、C57BL/6(B6)マウスにネズミマラリア原⾍Plasmodiumberghei ANKA(PbA)を感染させることにより、ヒト患者同様の⼩腸病変および脳症状を呈するモデルです。4 種類の抗⽣剤(アンピシリン、ネオマイシン、メトロニダゾール、バンコマイシン)をB6 マウスに2 週間、飲⽔投与して、腸内細菌叢を変化させた後にPbA を感染させたところ、約80%のマウスがECM による致死を免れました。ECM に伴う⾎液脳関⾨(BBB)透過性を評価したところ、抗⽣剤投与群では⾊素の漏出が有意に減少しました。
     また、組織学的評価により脳病変(嗅球、⼩脳、⼤脳実質における感染⾚⾎球の接着・出⾎および⾎管閉塞)の軽症化が認められ、脳の炎症を引き起こす⽩⾎球浸潤の顕著な減少が認められました。これらの成績は、抗⽣剤投与により腸内細菌叢が変化したマウスでは、脳への⾚⾎球接着や⽩⾎球浸潤が改善されて脳症状が軽症化していること⽰しています。
     4 種類の抗⽣剤投与による腸内細菌叢変化に伴いECM の軽症化が認められたことから、抗⽣剤の単剤投与群を含めた6 群間(4 剤投与群、1 種類のみを投与する単剤投与4 群、抗⽣剤を投与しない対照群)で、菌叢⽐較解析を⾏うことにより、ECM に関連する腸内細菌の特定を試みました。その結果、ECM の軽症化は4 剤投与時にのみ起こり、単剤投与では50%ほどの効果となり、またそれらの菌叢⽐較解析により4 剤投与群で増加している
    候補菌ならびに、4 剤投与でのみ減少する候補菌を特定しました。
     抗⽣剤のECM への影響を除外するために、4 剤投与群で最も増加した候補菌(ASV1)と、4 剤投与群でのみ割合が減少した候補菌(ASV37)に対応する⽣菌を、無菌マウスに経⼝投与して定着させて(ノトバイオート)、候補菌のECM への影響を検討しました。⽣菌(ASV1およびASV37)は、菌叢解析に⽤いた16S rRNA 遺伝⼦のV4 領域の塩基配列と100%⼀致する菌をマウス糞便から分離しました。ASV1 を定着させたノトバイオートマウスでは、対照群と⽐べてECM の発症と死亡が遅延し、感染期間を通して寄⽣⾍⾎症が低いことが⽰されました。⼀⽅、ASV37 を定着させたノトバイオートマウスは、対照群よりも早く4 ⽇⽬から神経症状を呈し、7 ⽇⽬までに80%のマウスが死亡しました。この結果は、ECM には抗⽣剤ではなく腸内細菌の関与があることを⽰しています。



    社会的意義とこれからの展望
     本研究は、腸内細菌がECM の重症度を左右する重要な因⼦であることを⽰すとともに、腸内細菌組成も疾患の転帰に⼤きな影響を与えることを⽰しています。今後のさらなる研究により、脳マラリア発症への腸内細菌の作⽤メカニズムが明らかになれば、腸内細菌叢をバイオマーカーとした診断技術の開発、腸内細菌叢の正常化を主眼とした新たな治療法の開発など、ゼロマラリアに向けた予防・診断への可能性が広がります。これらの知⾒は、マラリアや神経炎症および免疫調節異常を伴うその他の疾患に対する、微⽣物叢に基づく予防・治療法の研究に新たな道を拓くものです。

     本研究は、科学研究費補助⾦(23K07945, 20J40296, 16K20952)、⾼橋産業経済研究助成⾦、武⽥科学振興財団 医学系研究助成⾦(感染領域)、内藤記念科学振興財団 内藤記念⼥性研究者研究助成⾦、⼤⼭健康財団 学術研究助成⾦、ならびに群⾺⼤学、帯広畜産⼤学、琉球⼤学における研究活動⽀援を受けて⾏われました。

    <論⽂情報>
    (1) Gut microbiota bidirectionally influences protection and severity in cerebral malaria in mice
       (腸内細菌叢は脳マラリア疾患モデルにおける防御と重症度の双⽅向に影響を与える)
    (2) Tropical Medicine and Health
    (3) Tomoyo Taniguchi*, Eiji Miyauchi, Reika Kawabata-Iwakawa, Masahiko Nishiyama, Rika Umemiya-Shirafuji, Hiromu Toma, Nobuo Sasaki, Hajime Hisaeda,    Haruyoshi Tomita, Hiroshi Ohno, Hidehiro Kishimoto, Hiroshi Suzuki(※責任著者)
    (4) DOI 番号:10.1186/s41182-026-00947-1
    (5) アブストラクトURL:https://link.springer.com/article/10.1186/s41182-026-00947-1