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球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設の和智 仲是(わち なかただ)助教は、同施設の内貴 章世(ないき あきよ)准教授、農研機構の松井 悠樹(まつい ゆうき)契約研究員らとともに、熱帯・亜熱帯に広く分布するガの一種アンボイナノメイガ Maruca amboinalis の幼虫を西表島のマングローブ林内で採集し、本種が生まれてから成虫になるまでの間マングローブ環境を利用していることを初めて明確に示しました。アンボイナノメイガは、これまで「ときどき成虫が利用しているだけ」と捉えられてきましたが、マングローブで世代をつないでいることが明らかになりました。
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<発表概要>
マングローブ林は、熱帯・亜熱帯の沿岸域に成立する特異な生態系(図1)であり、魚類や甲殻類など多くの生物にとって重要な生息環境として知られています。一方で、そこに生息する昆虫については個別の研究や報告は存在するものの、情報が分散しており、体系的な整理や国際的な共有が十分に進んでいません。そのため、マングローブにおける昆虫の多様性や生態的役割の全体像は、いまだ断片的にしか理解されていないのが現状です。本研究は、このような背景のもと、西表島のマングローブ林において和智助教を中心に進められている昆虫多様性の継続的調査(注1)の過程で得られた観察をもとに行われました。日常的なフィールド調査の中で、マングローブ内に生育する植物上に形成されたイモムシの巣(図2)に着目したことが、本研究のきっかけとなりました。

図1. 調査地の様子(西表島・船浦のマングローブ)(和智仲是撮影)
対象としたアンボイナノメイガ Maruca amboinalis は、チョウ目ツトガ科に属するガの一種で、インドから東南アジア、台湾、そして琉球列島(沖縄島、石垣島、西表島)にかけて広く分布しています。Maruca属の中では、マメ科作物の害虫として知られる近縁種マメノメイガ Maruca vitrata の生態がよく研究されている一方で、本種の生態に関する知見は限られており、とくに幼虫の行動や生息環境との関係については不明な点が多く残されています。これまでにアンボイナノメイガの幼虫はマメ科植物の葉を食べることが知られており、日本ではともにマングローブ関連植物(注2)であるクロヨナ Pongamia pinnata やシイノキカズラ Derris trifoliata の利用が報告されています(文献1, 2)が、これらの知見の多くは国内の限られた媒体で公表された報告に基づくものであり、国際的な生物多様性データベース(注3)にも十分に反映されていませんでした。また、アンボイナノメイガはマングローブ環境でも成虫が記録されることがありましたが、その実態は明らかではなく、「ときどき見られる種」として扱われてきました。
本研究では、西表島のマングローブ林内に生育するシイノキカズラ上に形成された、葉をつづり合わせた「巣」(図2)から本種の幼虫を採集し、実験室内で飼育することで成虫を得ました。これにより、幼虫がアンボイナノメイガであることを確認するとともに、本種がマングローブ環境内で発育していることが明らかになりました。この結果は、本種がマングローブ環境を単なる成虫の出現場所としてではなく、少なくとも幼虫の発育と羽化に利用していることを示すものです。本種はこれまでマングローブを生活圏の一部として一時的に利用する種とみなされてきましたが、今回の結果は、マングローブ内で繁殖することを示しています。すなわち、本種とマングローブとの関係は、単に「ときどき見られる」というレベルにとどまらず、発育や繁殖を担う生息環境の利用であることが明らかとなりました。
これまでアンボイナノメイガは、日本においてはマングローブ林にも生育する海岸性マメ科植物のクロヨナやシイノキカズラを利用することが知られていましたが、マングローブ環境との関係は明らかになっていませんでした。本研究によりマングローブはアンボイナノメイガにとって、世代をつなぐ場でもあることが明らかになりました。マングローブ林は高い生産性を持つ重要な生態系の一つとして知られる一方で、そこに暮らす昆虫の多様性や生態の解明は遅れており、特に日本では情報の多くが国際的に共有されていません。本研究は、単一種の詳細な観察であっても、マングローブ林が昆虫にとって重要な生活の場であることを具体的に示すとともに、これまで見過ごされてきたマングローブにおける昆虫の利用実態の理解に新たな視点を提供するものです。

図2. マングローブ内のシイノキカズラで見つかったアンボイナノメイガ(左が巣、右が幼虫)
<今後の展望>
本研究により、アンボイナノメイガがマングローブ環境内でも繁殖し、生活史を完結できることが明らかとなりました。これは、これまで「マングローブでときどき見られる種」とされてきた昆虫の中にも、実際にはマングローブを繁殖の場として利用しているものが含まれる可能性を示す一例です。今回明らかにできたのは1種に限られますが、このような知見の蓄積は、マングローブにおける昆虫の多様性の実態解明に向けた重要な一歩になると考えられます。
また、アンボイナノメイガの幼虫が葉をつづり合わせた巣を複数個体で共有する行動は、過去に海浜のクロヨナ上でも観察されていましたが(文献3)、本研究でも同様の行動が確認されました(図2)。このような集団生活は、摂食効率の向上や外敵からの防御などの利点を持つことが知られており、特に陸域と水域の捕食者が共存するマングローブ環境や、昆虫にとって厳しい環境である海浜においては、生存戦略の一つとして機能している可能性があります。今後は、このような行動の頻度や環境条件との関係を明らかにすることで、昆虫によるマングローブ環境への適応の理解が進むと期待されます。
さらに、本種がシイノキカズラやクロヨナといったマングローブ関連植物に含まれるマメ科植物を利用できることは、マングローブを含む沿岸環境への柔軟な適応を示すものであり、同様の関係がインド太平洋地域の他地域においても成立している可能性があります。今後は、寄主植物の利用や季節変動を含めた継続的な観察により、地域間比較も視野に入れながら、本種の生活史戦略の全体像を明らかにすることが重要です。
また、和智助教らによる別の研究(文献4)では、魚類や甲殻類、クモ類など多様な捕食者による昆虫の捕食事例が記録されており、昆虫がマングローブにおけるエネルギーや物質の流れに関与していることが示唆されています。本研究の結果は、こうした食物網の中で利用される昆虫が、マングローブ内でも発育・繁殖していることを示すものであり、マングローブ生態系における昆虫の役割を考える上での基礎的な知見になると考えられます。
<補足説明>
1) 継続的調査:和智助教らが2022年に立ち上げ、2025年度からは、科研費基盤研究(C)・課題番号25K09163・課題名「マングローブ環境における昆虫類の環境指標性の検証」を実施している。https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-25K09163/
2) マングローブ関連植物(従マングローブ):マングローブ林内やその周辺に生育する植物のうち、ヒルギ類などのマングローブ植物の純マングローブ(major element)やシマシラキなどの準マングローブ(minor element)とは区別される、これらに伴って生育する植物(mangrove associates)を指す。
3) 国際的な生物多様性データベース(Global Biodiversity Information Facility, GBIF):世界各地の研究機関や市民科学プラットフォームが保有する生物の分布・標本・観察記録を集約し、国際的に共有するデータ基盤。生物多様性研究や保全の基礎情報として利用されている。
<参考文献>
1) 富永 智(2009)石垣島1月の蛾の幼虫-ツトガ科・メイガ科. 誘蛾燈 197: 104–106.
2) 冨永 智 (2023) 沖縄島,石垣島,西表島におけるツトガ科ノメイガ亜科蛾類6種の生態記録. 誘蛾燈 252: 90–93.
3) 吉安 裕(2023)冬の八重山で活動する5種の蛾の幼虫およびマドガ科に寄生するヤドリバエ. やどりが 277: 2–10.
4) Wachi N, Noriyuki S, Naruse T, Baba YG (2026) Field observation of predation on insects in mangrove habitat at Iriomote Island, the Yaeyama Islands, southwestern Japan. Entomological Science 29: e70000 http://dx.doi.org/10.1111/ens.70000 [琉球大学プレスリリース, マングローブの昆虫は意外な“食物網の鍵”? -捕食事例から見えた、見過ごされてきた役割の可能性- https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/74719/]
<論文情報>
(1) 論文名:First records of Maruca amboinalis (Felder, Felder & Rogenhofer, 1875) (Lepidoptera, Crambidae) from mangrove habitats,
and additional host-plant records from Iriomote Island, southern Japan
(2) 雑誌名:Check List 22 (3): 448-457
(3) 著者名:Nakatada Wachi*, Yuki Matsui, Akiyo Naiki
*: 責任著者
(4) URL:https://checklist.pensoft.net/article/181971
(5) DOI:https://doi.org/10.15560/22.3.448
