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琉球大学大学院医学研究科の許 駿 助教、山城 哲 名誉教授、東北大学大学院工学研究科の中村 修一 准教授、東京大学大学院工学研究科の冨岡 倫太郎 研究員らの研究グループの研究成果が、米国科学アカデミーが発行する学術雑誌「PNAS」誌に掲載されました。 <発表のポイント> ◆コレラはコレラ菌が経口的に感染することによって起こる急性水様性下痢症であり、世界中で年間数百万人の患者がいるとされています。 ◆本研究では、コレラ菌は光を受けると動きが活発になる傾向があることを発見しました。 ◆この反応ではコレラ菌が持つ光感受性の酵素(PAC)がcAMPという情報伝達物質を増加させ、これがべん毛の運動性を上昇させることを明らかにしました。 ◆コレラ菌の光への応答は、環境適応や感染成立の初期過程に関わる可能性があります。本成果は、水環境中における病原細菌の振る舞いの理解を深め、公衆衛生上のリスク評価にも新しい視点を与えます。 |
<発表概要>
【研究の背景】
コレラは、細菌の一種であるコレラ菌に汚染された水や食品の摂取の後、小腸に定着・増殖したコレラ菌がコレラ毒素を産生し大量の水様性下痢を引き起こす急性の感染症です。現在も世界各地で公衆衛生上の問題となっています。(図1-A)。
この細菌が感染を成立するためには、細菌自身の「動く力」が重要です。コレラ菌は、細長い「べん毛」という器官を回転させることで水の中を泳ぎます。これまで、細菌は温度、栄養、化学物質などの環境変化に応じて行動を変えることが知られていました。一方で、コレラ菌は河川や沿岸域など光の届く水環境に生息しているにもかかわらず、光にどのように応答するのかはほとんど分かっていませんでした(図1-B)。そこで研究グループは、コレラ菌が光を感じて動きを変えるのか、またそのしくみは何かを詳しく調べました。

図1 コレラ菌の感染サイクルと環境応答
A:コレラ菌の感染サイクル。コレラ菌に汚染された飲料水や食品の摂取によりヒトに感染し、下痢症を引き起こす。排泄された糞便中のコレラ菌は環境水源(河川など)に流入し、自然環境中で生存して再びヒトへの感染源となる。
B:コレラ菌の環境センシングと運動性。コレラ菌は一本の極べん毛を用いて遊泳し、粘度、温度、pH、塩濃度、降水など様々な環境要因を感知しながら行動を調節する。本研究では、これらの要因に加えて光がコレラ菌の運動制御に影響する可能性に着目した。
【研究成果の内容】
研究グループは、顕微鏡で川水から分離したコレラ菌を観察しながら光を当て、菌の動きを詳しく調べました。すると、コレラ菌は光を受けると泳ぐ速さが増し、動いている菌の数も増えることが分かりました(図2-A)。
また、同じ視野の中に明るい場所と暗い場所を作る実験も行いました。その結果、明るい場所では菌の動きがより活発になる傾向が見られました(図2-B)。
図2 光がコレラ菌の運動に与える影響
A:光照射によるコレラ菌の移動距離の変化。顕微鏡下でコレラ菌の運動を追跡したところ、暗い条件(Light OFF)では移動距離の増加は緩やかであるのに対し、光を点灯すると(Light ON)、細菌の遊泳速度が増し,移動距離が急激に増加することが確認された。
B:異なる光環境におけるコレラ菌の分布。上は均一な照明条件、下は明るい領域と暗い領域が共存する段階的な照明条件を示す。段階的照明では、コレラ菌は明るい側でより活発に運動する傾向が観察された。
C:光照射によってコレラ菌細胞が生産したcAMP濃度の時間変化。強い光に当たると、細胞がより多くのcAMPを生成することが確認された。
さらに調べた結果、この反応には、光を受けると働き出す特別な酵素が関わっていることが分かりました。この酵素は、菌の細胞の中で「cAMP」という情報伝達物質を作ります(図2-C)。この物質が増えることで、コレラ菌の泳ぐ力が高まっていました(図3)。これは、光が「情報」として細胞内に伝えられ、その信号に応じて自ら運動性を調整していることを意味します。
図3 光によるコレラ菌の運動活性化の仕組み(模式図)
光を受けると、コレラ菌がもつ光感受性アデニル酸シクラーゼ(PAC)が活性化され、細胞内でセカンドメッセンジャーであるcAMPが産生される。cAMPはナトリウム輸送系を活性化し、細胞外へのNa⁺排出を促進することでナトリウム濃度勾配を上昇させる。その結果、べん毛モーターの回転エネルギーであるナトリウム駆動力(SMF)が増大し、コレラ菌の運動性が活性化すると考えられる。
【この研究の意義】
今回の研究により、コレラ菌が光という環境の情報を使って行動を制御することが初めて明確に示されました。これは、コレラ菌をはじめとする病原性細菌が、周囲の環境を巧みに読み取っていることを示しています。この発見は、コレラ菌が自然界でどのように生き残り、人の体内に辿り着くまでどのように振る舞うのかを理解するうえで重要です。
今後、こうした環境応答の仕組みをさらに詳しく調べることで、病原菌の行動原理の理解が進み、その制御に向けた新たな研究の展開につながることが期待されます。
<用語解説>
(1) コレラ菌
入江や河口などに存在する細菌 Vibrio cholerae のうち、特定の血清群(O1およびO139)に属し、コレラ毒素を産生するものをコレラ菌と呼び、ヒトに感染すると激しい下痢を引き起こします。単極のべん毛を使って水中を泳ぐことができます。
(2) べん毛 (Flagellum)
細菌の体についている鞭のような構造です。根本の部分にモーターの役割を果たすタンパク質があり、これが回転することで推進力が生まれ細菌は水中を泳ぐことができます。
(3)光感受性アデニル酸シクラーゼ (Photoactivated adenylyl cyclase - PACs)
光を受けることで活性化され、細胞内で cAMP を作る酵素です。外からの光の刺激を、細胞内の情報伝達に変換する働きを持ちます。
(4) cAMP (cyclic AMP)
細胞の中で情報を伝える小さな分子の一つで、さまざまな生理機能を調節します。本研究では、光刺激を受けた後に増加し、コレラ菌の運動性を高める役割を果たします。
(5) セカンドメッセンジャー (Secondary messenger)
細胞が外から受けた刺激を、細胞内に伝えるための情報伝達分子です。cAMP はその代表例の一つです。
(6) ナトリウム駆動力(Sodium motive force - SMF)
細胞の内外にあるナトリウムイオンの差によって生じるエネルギーです。コレラ菌はこのエネルギーを使ってべん毛を回転させ、泳いでいます。
(7) ナトリウムイオン濃度勾配 (Sodium gradient)
細胞の内側と外側で、ナトリウムイオンの濃度に差がある状態を指します。生理的に許容される範囲で濃度差が大きいほど、べん毛運動に利用できるエネルギーも大きくなります。
<論文情報>
(1) タイトル:Light-activated cAMP signaling controls sodium-driven motility in Vibrio cholerae
(2) 雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
(3) 著者:Jun Xu*, Shuichi Nakamura, Suzuna Tomoyose, Reika Shimabuku, Rintaro Tomioka, Tetsu Yamashiro*
(4) DOI番号:10.1073/pnas.2530860123
(5) URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2530860123