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琉球⼤学の佐藤⾏⼈准教授、鶴井⾹織准教授、辻和希教授らの研究チームによる研究成果が学術誌「Scientific Reports」誌に掲載されました。
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<発表概要>
グッピー Poecilia reticulata は南⽶原産のカダヤシ科⿂類で、観賞⿂として世界的に流通しており、我が国には1950 年代から輸⼊され始めたと考えられます。グッピーはベネズエラやトリニダード・トバゴなどの熱帯原産であるため、低⽔温に弱く、⽇本の多くの地域では⼀部の温泉地や⼯業温排⽔地域を除いて越冬できず放流されても⽣き残りません。ところが亜熱帯の沖縄県では、ほぼ全域でグッピーが越冬できるため、河川などに放流されたグッピーが外来種として定着しています。
沖縄県に侵⼊・定着したグッピーは、沖縄にもともと⽣息していた在来のメダカOryzias latipes と、蚊のボウフラ駆除のために導⼊されていたカダヤシGambusia affinis の⽣息地に割り込んで優占してきました。その結果、現在の沖縄本島では、北部の⼀部地域を除くほぼ全域の淡⽔域がグッピーによって席巻された状態となっています(⼀部の⼈⼯池、⽥、河川にカダヤシが⽣息。また、⾮常に限られた⽔系にメダカが⽣息)。
外来⿂グッピーは、沖縄でなぜここまで分布を広げたのでしょうか?沖縄の亜熱帯気候がグッピーの越冬と繁殖を妨げないという要因はあるものの、グッピーが分布を拡⼤し続けた理由はほとんど未解明でした(注1:関連研究)。
そこで本研究では、琉球⼤学医学部の佐藤⾏⼈准教授、同農学研究科の鶴井⾹織准教授、辻和希教授らの研究チームが、環境DNA 解析(注2)による網羅的DNA 分析を⽤いて、グッピーの天敵となる「捕⾷性⿂類」の観点から沖縄のグッピー⽣息域を解析しました(図1)。川などの⽔域に⽣息する⿂類を網羅して調べることは、捕獲などによる⼿法でも不可能ではありませんが⾮常に困難です。研究チームは環境DNA 解析を活⽤してこの課題に取り組みました。

図1.環境DNAに基づく沖縄グッピー生息地の網羅的な魚類相解析
沖縄本島の8か所のグッピー生息地(図1)を解析したところ、沖縄のグッピーを取り巻く興味深い環境や生態の様子が判明してきました。まず第一に、沖縄のグッピーでは、原産地と比べて天敵となる捕食性魚類の種類が少ないことが明らかになりました(図2)。グッピーの代表的な原産地である南米トリニダード島には、グッピーを捕食する代表的な魚類グループとしてカラシン目、ウナギ目、カワスズメ目、ハゼ目などが生息しています。一方沖縄には、これら主要捕食者のうちカラシン目が生息していません(図2)。カラシン目はピラニアなどを含む分類群で、原産地ではグッピーの主要な捕食者の1つです。沖縄のグッピーは、その捕食圧から逃れた「生態的解放」(注3)の状態にあると考えられました。グッピーが沖縄で新たに遭遇した魚類としてはコイ目(コイ、フナ)、スズキ目(外来魚グラスフィッシュ)が検出されましたが、これらは雑食性または小型の魚であり、グッピーの主要な捕食者ではないと考えられます。

図2.グッピー原産地(トリニダード島)と沖縄グッピー生息地の魚類相の比較
さらに、沖縄のグッピーの体色についても、捕食者と対応した興味深い特徴が見出されました。上記8か所(図1)から305個体のグッピー雄成魚を採集して体側の色斑の大きさを分析したところ、沖縄本島での捕食者であるウナギ科、カワアナゴ科、ハゼ科、カワスズメ科の存在に対応して、色斑が小さくなる「負の相関関係」が多く認められました(図3)。
色斑は、グッピー雄の体側に表れるオレンジ、青緑(構造色)、黒、シルバー、黄色の5種類の模様です。観賞魚としてなじみの深いグッピー雄の体側の模様は、雌を巡る競争で有利に働く性選択形質(注4)であることが指摘されています。しかし、派手な模様ほど捕食者に見つかりやすいことから、このグッピーの色斑は性選択と捕食圧との間でトレードオフ関係(注5)にあることが原産地トリニダード島での研究で指摘されています。
本研究による沖縄のグッピーの分析結果を見ると(図3)、今回解析できたオレンジ、青緑、黒の3種の色斑について、捕食性魚類4グループ(ウナギ科、カワアナゴ科、ハゼ科、カワスズメ科)の在・不在との間の計12対の組み合わせのうち、8対で統計的に有意な負の相関が見られました。これは、「雌から選ばれやすいこと」よりも「捕食を回避すること」が優先されて、グッピー雄の体色が「派手ではない」方向へと変化してきたことを示唆しています。雑食性(デトリタス食、プランクトン食)でグッピーの捕食者ではないボラ科、コイ科の存在と色斑との間には、このような負の相関関係はほとんど見られません(図3)。図3に見られる捕食性魚類とグッピー色斑との関係は全体として複雑ですが、大きな傾向としては、これら4グループの捕食者の存在が、グッピーの体色に対して抑制的な効果を持っていることが示唆されます。

図3.沖縄のグッピー生息地で検出される魚類グループとグッピー雄成魚の色斑の大きさの相関関係.(A) 本研究で調査したグッピー生息地8か所・4時点から、合計4回以上検出された魚類6科の存在および環境DNA検出配列数と、305個体のグッピー雄成魚の色斑3種の相対面積について相関解析を行った.(B) 本研究で行った画像解析の模式図。オレンジ、青緑(構造色)、黒の色斑面積(ピクセル数)について、固定距離カメラで撮影して色斑/体表の相対面積を解析した
上記の環境DNAおよびグッピー色彩の解析結果から、本研究は、沖縄に侵入したグッピーと沖縄在来の捕食者について、2つの興味深い関係性を明らかにしました。1つ目は、沖縄のグッピーが原産地の捕食者であるカラシン目魚類から逃れた上に、新しい捕食性魚類には遭遇していない生態的解放の状態にあることです。2つ目は、沖縄のグッピーが捕食性魚類の存在に対応して、体色が地味な方向へ変化するカモフラージュ形質を発達させていることです。この2つの生態的メカニズムによって、沖縄に侵入したグッピーは捕食圧から逃れて、地域の水域を席巻してきたことが示唆されます。
本研究は、1960年頃から沖縄に侵入したと考えられるグッピーが、沖縄本島のほぼ全域に広まってきた理由について、生態的な側面からそのメカニズムに迫った初めての研究となります。外来種としてのグッピーは、原産地などでの研究から、人工環境や汚濁環境に強いこと、少ない創始個体から集団を形成すること、認知・行動特性に基づく環境適応能力が高いことが指摘されてきました。本研究ではさらに、環境DNA分析を活用してグッピーの侵入先である沖縄の魚類相の網羅的な解析を行うことにより、グッピーと捕食者の相互作用に関する新たな視点を提供しました。本研究が示した研究手法や生態学的なアプローチの視点は、他の外来種の研究などにも役立つ可能性があります。
<脚注・用語解説>
(注1)琉球大学2019年4月1日ニュースリリース:「カダヤシはグッピーに交尾され駆逐された ―グッピーを使えば侵略種カダヤシを駆除できる―」
https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/3763/
(注2)環境DNA解析: 河川水や土壌などの環境媒質中に含まれる様々な生物由来のDNA断片をPCR法で検出したり配列決定して分析する技術。環境DNAの主な由来は、付近に生息する生物の粘液、細胞片、皮膚片、羽毛、死骸などであると考えられる。これらをPCRで増幅し次世代シークエンサーによる解析を行うことで、遺伝子配列や由来種を分析できる。
(注3)生態的解放: ある生物が元の生息地から新しい場所へと移動した事で、捕食者や病原体などの天敵や、生活資源を争う競合種がいない環境を得て、捕食圧や競争圧から解放されて個体数を増やしたり分布域を拡大したりする状態や現象のこと。
(注4)性選択: 生物の進化において働く選択圧の1種で、繁殖に有利な形質や特徴が世代を通して選択されて広まること。しばしばオーバーな形質を持つ方向へと働く。クジャクの雄の派手な尾羽や、ライオンのたてがみなどが、性選択形質の例として挙げられる。
(注5)トレードオフ: 生態学におけるトレードオフとは、資源(物質や時間など)を一方に配分すると、他方がその分だけ少なくなるという二律背反原理のこと。グッピーの雄の色斑においては、性選択で有利になると、その分捕食回避では不利になるという制約がある。
<謝辞>
本研究は、文部科学省・科学研究費助成事業(26249024、15H04425、16H04846、17H01249、17K19298、20K12258、23K28279、19K12419、24K03131、23K23965)、琉球大学・時空間ゲノミクスプロジェクトの研究助成・サポートのもとで行われました。また、琉球大学・研究基盤統括センターおよび戦略的研究プロジェクトセンターによる共同施設利用の支援を受けました。本研究のデータ解析の一部では、情報・システム研究機構・国立遺伝学研究所が有する遺伝研スーパーコンピュータシステムを利用しました。本記事の作成にあたり、琉球大学総務部総務課広報係、研究共創機構研究企画・推進ユニットの助言と支援を受けました。
<研究サンプルの取り扱い>
本研究のサンプル取得は環境省の監督に基づいて実施しました。動物実験は一般社団法人・日本魚類学会およびARRIVE(Animal Research: Reporting of In Vivo Experiments)のガイドラインに沿い、琉球大学・動物実験委員会の承認に基づいて行いました(承認番号:A2017108)。
<本記事の図・イラストレーション>
本記事の図とイラストレーションは、当論文の著者らによって作成されました。研究の内容を説明する図は、原著論文の図と内容に基づき、レイアウトの変更や日本語への翻訳を行って作成しました。動物、器具、機器、地図などのイラストレーションは、写真資料やOpenStreetMapが配布する地図(https://www.openstreetmap.org)に基づいて主著者・佐藤が作成しました。
<論文情報>
(1) タイトル: Estimated predator composition using environmental DNA analyses and color patterns of male guppies in introduced rivers
(和訳)グッピーが導入された河川におけるグッピー雄の色彩パターンと環境DNA分析から推定された捕食者組成
(2) 雑誌名: Scientific Reports
(3) 著者: Yukuto Sato*, Yuta Sato Ozora Deki, Kazuki Tsuji, Kaori Tsurui-Sato*
佐藤行人*(琉球大 医学部附属 実験実習機器センター 准教授)、佐藤悠大(琉球大 農学部亜熱帯農林環境科学科)、
出岐大空(琉球大 農学部亜熱帯農林環境科学科)、辻和希(琉球大 農学部亜熱帯農林環境科学科 教授)、
鶴井(佐藤)香織*(琉球大 農学部亜熱帯農林環境科学科 准教授)(*は責任著者)
(4) DOI番号: 10.1038/s41598-025-34186-x
(5) アブストラクトURL: https://www.nature.com/articles/s41598-025-34186-x
