研究成果

ミドリイシ属サンゴにおける遺伝的多様性の維持機構 〜産卵時に放出された精子の量と遺伝的多様性が次世代に直結する~ 目標14:海の豊かさを守ろう

 琉球大学熱帯生物圏研究センターの守田昌哉准教授らと黒潮生物研究所の戸篠祥主任研究員による 共同研究グループは、5月末から6月上旬に産卵するミドリイシ属サンゴ(ウスエダミドリイシ)を対象に、野外で産卵を観察し、産卵した卵と精子を海中で採集して、卵と精子の融合過程である受精を調べました。その結果、海中には予想していたよりも少ない数の精子で受精していること、さらに受精し成長した幼生の遺伝的多様性は放出された精子の多様性と相関することを発見しました。これは、有性生殖に参加するミドリイシ属サンゴの遺伝的多様性が、サンゴ礁の維持に関わる次世代の遺伝的多様性に直結することを示しています。
この研究成果は、現地時間3月24日(BST00:01)にScientific Reports誌に公表されました。

<発表概要>
 琉球大学熱帯生物圏研究センターの守田昌哉准教授と北之坊誠也博士(現・筑波大学下田臨海実験センター研究員)、および公益財団法人黒潮生物研究所の戸篠祥主任研究員の研究グループが、造礁サンゴであるウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)を対象に、サンゴの産卵から受精までの観察と解析を行い、海中に放出された精子の数と遺伝的多様性を計測するとともに、海中で受精した接合子(受精卵)の遺伝的多様性も解析しました。その結果、かなり少ない精子でも卵は受精し、受精した接合子の遺伝的多様性は放出された精子の遺伝的多様性を反映していることが明らかとなりました。この成果論文が国際科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

 ミドリイシ属サンゴは同種そして異種間でも同調して産卵することが知られていますが、産卵後に海中に漂う卵と精子がどのようにして受精して受精卵になり、そして幼生へと発生していくか、"野外"では検証されていませんでした。本研究では、他のミドリイシ属サンゴよりも早い時刻に産卵をするウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)を対象にして(図1)、海中で産卵の観察を行い、産卵により放たれた卵と精子を蛍光タグのついたウキを放ち、およそ7分ごとに海水を採集しました。そして、採集した海水中の卵と精子の数を数えるとともに、卵(ほとんどは受精していた受精卵)、そして精子の遺伝的多様性をマイクロサテライトマーカー(7遺伝子座)で調べました。

 産卵後に海中の精子の数を計測すると、これまでミドリイシ属サンゴの卵と精子を用いて試験管で示されてきた”受精するのに最適である濃度(106 sperm/ml:100万個/ml)”よりも10分の1以下のはるかに少ない量(105 sperm/ml 以下:10万個/ml 以下)であることがわかりました(図2)。一方で、少ない量にもかかわらず、卵は受精し発生していることも判明しました。これは、試験管で閉鎖的な環境とは異なり、海中に漂う卵は、より多くの群体(サンゴの一つの個体を指す)からの精子と接する機会があるためかもしれません。

 

 発生した幼生と海水中の精子の遺伝的多様性を、マイクロサテライトマーカー(MS)(注釈1) を用いて解析しました。その結果、海水中に含まれる精子由来のアレル の対値(≒海水中に漂う精子由来のアレルの数:注釈2 図3 横軸)と、受精卵(幼生)から検出できたアレルの数(アレルの頻度)が正の相関を示すことがわかりました(図3 縦軸 )。同時に受精卵(幼生)と海水中の精子の両方から検出できたアレルのピークの相対値と、海水中の精子のみから検出できたものを比較すると、幼生と海水中の精子の両方で検出できたものの方が、精子のみで検出できたピークの相対値よりも優位に高いことがわかりました(図4)。

 

 


図4)各MSにおける接合子と海水(左)または海水のみで検出できたアレル(右)のピークの差

 

 これは、有性生殖の結果、生み出される次世代の遺伝的多様性に同調性産卵が寄与し、海水中に放たれる精子の遺伝的多様性が次世代の遺伝的多様性に反映されることを意味します(ミドリイシ属サンゴは同一の群体中にオスとメスの機能が同居した同時的雌雄同体生物であり、産卵時に卵と精子を両方放出します。そのため、本研究で用いた海水中に存在する精子の遺伝的多様性が、間接的に産卵に参加した集団の遺伝的多様性を反映すると予想できます)。つまり、サンゴ礁を形成しているサンゴの遺伝的多様性が子供の多様性に反映されるため、一度失われた多様性はすぐには戻らないことも意味しています。
 一方で、生息数の著しい減少により繁殖危機が訪れると、一部のミドリイシ属では交雑を選択し、その雑種は親種へと戻し交雑を行う可能性も判明しました(北之坊らScientific Reports 2022-4月25日プレスリリースの内容)。交雑が遺伝的多様性の創出にどの程度関わるか検証は必要ですが、サンゴの産卵から受精への過程で見えてくることは、卵と精子を通じた有性生殖が次世代の遺伝的多様を生み出しているということです。

 

(注釈)
1)   マイクロサテライトマーカー(MS):ゲノム上に存在する数塩基を単位とした繰り返し配列のこと。この繰り返し配列の長さが個体によって異なるため、個体識別をするために利用できる。本研究では、産卵により放出された卵と精子のうち、野外では精子由来のMSのみ解析した。卵は細胞の大きさに対してDNAの量が少ないことと、ミドリイシ属サンゴがオスとメスの機能が同居した同時的雌雄同体生物であるため、卵と精子は同じアレルを持っていると考えられるため、精子のみで解析した。

2)   アレルのピーク:繰り返し配列の長さの同じものをアレルと呼び、アレルのピークとはDNAシーケンサーで解析した際に検出できた各アレルの高さ、アレルのピークの高さの相対値はすべてのアレルのピークの高さの総和に対する各アレル高さの比(アレルAのピークの高さ/検出できたピークの高さの総和)を示す(下図)。

 

<論文情報>
(タイトル)Genetic variation in released gametes produces genetic diversity in the offspring of the broadcast spawning coral Acropora tenuis.
      (ウスエダミドリイシの配偶子の遺伝的多様性は次世代に受け継がれる)

(学術誌名)Scientific Reports

(著者名)Seiya Kitanobo, Sho Toshino, Masaya Morita*
     北之坊誠也13、戸篠祥2、守田昌哉1
1.琉球大学熱帯生物研研究センター、2公益財団法人黒潮生物研究所、3.筑波大学下田臨海実験センター
*責任著者

(DOI)https://doi.org/10.1038/s41598-022-08995-3

(URL)https://www.nature.com/articles/s41598-022-08995-3