研究成果

群れはいかにして捕食を減らせるか?~ヒヒは危険であるほど長く目を開ける~

平成 30 年 7 月 6 日

群れはいかにして捕食を減らせるか?
~ヒヒは危険であるほど長く目を開ける~

琉球大学国際地域創造学部の 松本 晶子 教授(名古屋大学大学院情報学研究科客員教授)、名古屋大学大学院情報学研究科の 大平 英樹 教授を中心とする研究グループは、霊長類の群れ形成の解明を目的として、野生アヌビスヒヒ注 1)が自発的に行うまばたき行動をビデオ記録し、まばたき時間と開眼時間を詳細に解析しました。解析の結果、群れの中で危険性が高い周辺位置にいる個体や、群れが小さくなった時期の個体は、より長く眼を開けていることが明らかになりました。動物が群れを形成する理由の 1 つに、多くの個体で警戒すると捕食者を早く見つけられるので食われにくいという仮説(多くの目効果)があります。偶蹄類注 2)や鳥類ではこの仮説が支持されていますが、霊長類ではどのような行動を警戒とするか決まっておらず、この仮説が支持されるかどうか明らかではありませんでした。今回の研究は、まばたきとまばたきの間、すなわち目を開けている時間に着目して、霊長類で初めてこの仮説を裏付けしたものです。このことから、霊長類が、なぜ群れを作ったのかという問いに対して、捕食リスクを減らすことが 1 つの理由だったと考えられます。
この研究成果は、2018 年 7 月 3 日付け英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。なお、本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究 B)23405016、16H05776 により実施されました。

<研究内容>
名古屋大学大学院情報学研究科
教授 大平 英樹
TEL:052-789-2220 FAX:052-789-2220
E-mail:ohirahideki@gmail.com

<報道対応>
名古屋大学総務部総務課広報室
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E-mail:kouho@adm.nagoya-u.ac.jp

1.研究のポイント
・野生のアヌビスヒヒの目の開閉行動をビデオ解析し、警戒の指標とした
・群れの端にいる個体は、中央にいる個体より、目を開けている時間が長かったことを明らかにした
・小さな群れに属する時には、大きな群れに属する時より、個体は目を開けている時間が長かったことを明らかにした

2.研究背景
動物は、なぜ群れを形成するのか?・・・この問いは、行動生態学分野の重要な研究課題の 1 つとして長らく取り組まれてきました。動物が群れを形成することで得る利益の 1 つに、捕食者に食われることを減らすということがあります。多くの個体が集まると、1 個体で警戒するより警戒力が高まるという考え(多くの目効果)と、自分が食われる可能性が低下するという考え(うすめ効果)の 2 つの仮説がよく知られています。捕食者に食われる偶蹄類や鳥類では、頭を上げている時間や回数をもとにして、群れサイズが大きくなると個体の警戒時間が短くなることが証明されてきました。ところが、霊長類は手で食べ物を口に運ぶので、頭を上げている状態がイコール警戒している状態だとみなすことができません。そのため、他の動物と共通で使える警戒行動の定義を探すことが必要でした。
霊長類は視覚が発達していることから、私たちは目を開けているときに捕食者の情報を手に入れていると考えました。人間の研究から、課題に集中している場合、まばたき頻度が少なくなり、まばたきの間隔が長くなることが知られています。そこで、より危険な状態に置かれている個体は、まばたきの回数が少なく、目を開けている時間が長いだろうと予想し、この予想を捕食圧注 3)があるケニア共和国に生息するヒヒの集団で検証を試みました。

3.研究内容・成果
研究グループは、ケニアでこれまで野外調査を実施してきたアヌビスヒヒの集団を調査対象とし、2013 年と 2016 年の 2 回、ヒヒの顔面のビデオ撮影を行いました。ビデオをもとに 1/100 秒単位で、目が開いている時間と目が閉じている(まばたき)時間の長さを計測しました。
群れの進行方向に対して、前方にいる傾向がある若者オスは、大人オス・大人メス・若者メスより、目を開けている時間が長いという結果が得られました(図)。また、大人オスが目を開けている時間を群れサイズが大きい 2013 年と小さな 2016 年で比較したところ、群れのサイズが小さな方が目を開けている時間が長くなることが明らかになりました。一方、まばたき時間の長さには、性・年齢、群れサイズによる違いはありませんでした。

これらのことを総合的に考え合わせると、群れの端の位置や群れサイズが小さく捕食者に対する危険性が高い場合に、ヒヒが目を開閉するタイミングを操作し、より長く目を開けて警戒している可能性が高いことから、「多くの目効果」が支持されたといえます。つまり、霊長類の集団は、捕食者を警戒するために形成されたことが示唆されます。

4.今後の展開
アヌビスヒヒが生息しているサバンナは、人類進化史上で重要な直立二足歩行の完成、脳サイズの増加、道具使用が生じた場所とされています。このような進化を推進した最大の淘汰圧として捕食圧が指摘され、人類進化のモデルとして、被食者である霊長類を研究することの重要性が強調されてきました。現在の私たち人間は、他の霊長類に比べて 2 倍程度多くまばたきをし、まばたきがコミュニケーションのツールであることが示唆されています。目の開閉行動の機能が、警戒からコミュニケーションへどのようにして変化したのかを解明することは、人類の社会進化の解明につながることが期待されます。

<用語説明>
注 1)アヌビスヒヒ:霊長目オナガザル科ヒヒ属に属する。別名オリーブヒヒ。学名Papio anubis。アフリカ大陸サハラ砂漠以南の赤道付近に広く生息している。サバンナに進出した人類が大きな変化をとげた理由を解明する上で、サバンナに生息しているヒヒの社会生態学的な研究が重要だと考えられている。
注 2)偶蹄類:別名ウシ目。シカ科、ウシ科、キリン科など 9 科に分けられる。四肢の指が偶数で、多くは草食である。
注 3)捕食圧:捕食者による捕食が、ある生物群の個体数の増減、形質に及ぼす作用。

<論文名>
雑誌名:Scientific Reports(2018 年7月3日公開)
論文タイトル:Group size effects on inter-blink interval as an indicator of antipredator vigilance in wild baboons
著者:Akiko Matsumoto-Oda, Kohei Okamoto, Kenta Takahashi, Hideki Ohira DOI:10.1038/s41598-018-28174-7