研究成果

“一石二虫”の害虫退治― 不妊化技術と「求愛のエラー」を組み合わせた新たな害虫防除方法の提唱 ―

平成30年10月19日
琉球大学
帯広畜産大学
高知大学

“一石二虫”の害虫退治
― 不妊化技術と「求愛のエラー」を組み合わせた新たな害虫防除方法の提唱 ―

 琉球大学農学部の本間淳博士(協力研究員)は、帯広畜産大学環境農学研究部門の熊野了州博士(准教授)と高知大学教育研究部総合科学系の鈴木紀之博士(准教授)と共同で、複数の種類の害虫を同時に防除・根絶するための新たな技術を提唱しました。今後この技術が実用化されれば、低コストでかつ効率のよい害虫の防除や根絶が期待されます。本研究の成果は、科学誌Pest Management Science電子版(10月18日号)に掲載されました。

研究の背景
夏の食卓を彩るゴーヤーチャンプルーや、お中元やお土産としてのマンゴーの利用は、今でこそ当たり前になっていますが、ウリミバエ(図1)が沖縄に生息していた30年前には考えられないことでした。なぜなら、ウリミバエが寄生する可能性のある全ての野菜や果実は、その地域からの出荷が法的に禁止されているからです。ウリミバエのような害虫は、たった 1匹いるだけでもその地域や国に非常に大きな経済的な不利益を引き起こしてしまうため、地域から根絶することが望ましいのですが、完全に取り除くことは非常に難しい作業になります。

図1:ウリミバエ

不妊虫放飼は、そうした害虫を根絶できる特別な技術の一つです。人為的に不妊化した害虫を大量に放すことで、野生の害虫どうしが正常に繁殖できないようにし、ターゲットとなる害虫を地域から根絶します。わが国では、沖縄県のウリミバエやアリモドキゾウムシ(図2)が不妊虫放飼により根絶に成功しています。また、この手法は化学農薬の使用を抑えられるため、環境にやさしい害虫防除法として世界で広く利用されています。


図2:アリモドキゾウムシ

しかし、根絶に必要な数(週に数千万〜数億匹)の害虫を大量に増殖し継続的に放飼するための経済的・労力的なコストは極めて大きいといえます。特に、気候変動や人・物の交易の増加が新たな害虫の侵入リスクを増加させている中、すでに根絶した害虫への対策を継続しつつ、新たな種類の害虫をターゲットとした不妊虫放飼プログラムを個別に開発し維持していくのは現実的ではありません。



アイデアの発想と新しい方法の考案
そこで本研究では、本来1種類のみの害虫をターゲットしてきた不妊虫放飼を、複数の種類に同時に適用する方法を提唱しました。具体的には、既存の不妊虫放飼の枠組みに、「オスが他種のメスにも求愛して繁殖を妨害する」という繁殖干渉と呼ばれる行動を組み合わせる、これまでにない害虫防除方法を考案しました(図3)。
繁殖干渉は、形や模様のよく似た近縁な種類どうしで生じる「求愛のエラー」によって他種の増殖が抑えられる現象を指し、種の絶滅を引き起こしたりその分布を著しく制限したりする効果があり、ここ数年で生態学において注目が集まりはじめています。この繁殖干渉と60年以上前に応用昆虫学で開発された不妊虫放飼の間には、一見関係がなさそうに見えますが、実は理論的には両者はほぼ同じものであることに私たちは気がつきました。つまり、繁殖干渉は他種のオスからの求愛によって増殖が抑えられる現象ですが、「他種のオス」を「不妊虫のオス」に入れ替えれば、不妊虫放飼になるのです。
私たちは、このアイデアをもとにシミュレーションによる解析を行い、繁殖干渉による害虫の根絶が可能であることを明らかにしました。例えば、ある地域に複数の種類の害虫が分布している場合、特定の種類のオスを不妊化して野外に放せば、同じ種類のメスの繁殖を妨害するだけでなく、よく似た別の種類のメスにも求愛して繁殖を妨害すると考えられます。つまり、繁殖干渉の効果の強い特定の種類を選んで不妊虫放飼を行なうことで、近縁な複数の種類の害虫を同時に防除できる可能性があり、低コストで効率的な害虫管理技術として期待されます。まさに一石二鳥ならぬ「一石二虫」の方法だといえます。
図3:本研究で提唱した「一石二虫」の害虫防除メカニズム。人為的に不妊化した昆虫を野外に放すと、野外に生息しているその種類の繁殖を妨害し、増殖を抑えることができます(通常の不妊虫放飼のメカニズム;左側の矢印)。さらに、繁殖干渉(他種への求愛)によって近縁な種類の害虫の繁殖も妨害し(右側の矢印)、複数の種類の害虫を同時に防除・根絶できる可能性があります。

今後期待されること

  • これまで不妊虫放飼が用いられてこなかった国や地域でも、技術開発や継続のコストを抑えた、環境にやさしい防除技術として実用化が期待されます。そのためには、まず,防除のターゲットとなる複数の害虫の間で繁殖干渉があるのか、あるとすればそれはどのくらい強いのかを実験的に調べる必要があります。その結果をもとに「最強の」種を選定し、その不妊虫を生産・放飼することになります。後は、通常の(1種のみをターゲットとした)不妊虫放飼に比べて少し多め(数倍程度)に不妊虫を放飼するだけです。このように、個別に不妊虫を生産することに比べれば、コストを圧倒的に低く抑えることができます。
  • ミバエ類に対する将来的な防除・侵入防止対策をより効率的に進めることが期待されます。わが国に侵入した、あるいは(再)侵入する可能性のある害虫のミバエ類には複数の種類がいて、それぞれ個別に対策が講じられています。しかし、本研究の技術を適用することで、複数の種類のミバエ同時に防除できる可能性があります。実際、ミカンコミバエという種類が近縁種に対して繁殖干渉を起こしていることが最近の論文(Kitano et al. 2018 Applied Entomology and Zoology)によって確かめられており、本研究で開発された方法の有用性を示唆しています。
  • 不妊虫放飼は人や家畜の生命に関わるような感染症を媒介する昆虫の防除にも有効です。すでに欧米を中心に、吸血を行なわないオスの蚊のみを野外へ放す研究が欧米を中心に進められています。侵入する可能性のある蚊は何種類もいますが、どの種類がいつ侵入してくるかは予測できません。そのため、本研究の技術を応用することで、複数のターゲットの侵入を同時に低コストで予防できる可能性があります。

    既存の不妊虫放飼プログラムであっても、研究者が気づいていないだけで、繁殖干渉によって複数の種類が同時に制御されている可能性もあります。これまで注目されてこなかった「求愛のエラー」の効果を正しく評価することで、さらなる応用につながる可能性があります。

論文情報の詳細
掲載誌/Pest Management Science(論文発表日時:2018年10月18日[日本時間])
タイトル/Killing two bugs with one stone: a perspective for targeting multiple pest species by incorporating reproductive interference into sterile insect technique
著者/Atsushi Honma, Norikuni Kumano and Suzuki Noriyuki