研究成果

学校に根づく「健康づくりの文化」を見える化 ― 日本語版ヘルスプロモーティングスクール文化尺度の信頼性・妥当性を検証 ― 目標3:すべての人に健康と福祉を目標4:質の高い教育をみんなに

     琉球大学医学部保健学科の喜屋武 享 准教授(兼任 京都大学成⻑戦略本部Beyond2050 社会的共通資本研究部門 特任准教授)、関⻄福祉大学教職センターの升川 清則 教授、名桜大学大学院スポーツ健康科学研究科の高倉 実 教授(琉球大学名誉教授)の研究グループは、世界保健機関(WHO)が提唱する「ヘルスプロモーティングスクール(HPS)」の考え方に基づき、学校における健康づくりを支える組織文化を評価する日本語版「ヘルスプロモーティングスクール文化尺度(Japanese version of the Health Promoting School Culture Scale:J-HPSCS)」を作成し、その信頼性と妥当性を検証しました。
     本研究では、日本の一県の公立高等学校135 校に勤務する教職員1,148 名を対象にウェブ調査を実施しました。

    <発表のポイント>
    ◆日本語版尺度は「保護者の学校への関与」「学校・教職員の児童生徒の健康へのコミットメント」「学校の物理的環境」の3 側面から、学校における健康づくりを支える文化を評価できることが確認されました。

    ◆教職員間の信頼、協力、相互支援などを表す職場ソーシャルキャピタルが高い学校ほど、J-HPSCS 得点が高いことが示されました。

    ◆これは、学校における健康づくりが、個別の授業や保健活動だけでなく、教職員の協働や学校組織の文化によって支えられていることを示唆する結果です。本研究成果は、国際学術誌Health Promotion International に掲載されました。

    <研究の背景>
     ⼦どもや⻘少年の健康づくりは、⽣涯にわたる健康の基盤を形成するとともに、健康格差の是正にも重要な役割を果たすと言われています。WHO は、学校全体で健康づくりを推進する「ヘルスプロモーティングスクール(HPS)」を提唱しており、HPS においては教育、環境、保健サービス、家庭・地域との連携、学校方針などを統合的に進めることが求められています。
     日本では、学校保健安全法に基づく健康診断、学校保健を支える専門人材(学校医・学校⻭科医・学校薬剤師、養護教諭、保健主事)の配置などの制度が整備されています。しかし、学校における健康づくりは、単に保健教育や健康診断を実施しているかどうかだけでは捉えきれません。教職員が児童⽣徒の健康を学校の重要な価値として共有しているか、保護者が学校の健康づくりに関与しているか、学校環境が健康的な行動を支えているかといった、組織文化の側面が重要です。学校における健康づくりが実際にどの程度「学校文化」として根づいているのかを科学的に評価できる指標は、日本では十分に整備されていませんでした。

    <研究の内容>
     本研究グループはこれまで、ヘルスプロモーティングスクール(HPS)が学校でどの程度、どのような質で実施されているかを評価する日本語版HPS 実施状況調査票を開発し、その信頼性と妥当性を検証してきました。この調査票は、実施量、関係者の参画、実施の質、組織的統合、適応的調整など、学校におけるHPS の実践状況を多面的に捉えるものです。本研究では、その実践を支える前提として、児童⽣徒の健康を重視する価値観や教職員の共通認識、保護者との協働、健康を支える学校環境がどの程度根づいているか、すなわち「HPS 文化」に焦点を当てました。そこで、当グループは、カナダで開発された Health Promoting SchoolCulture Scale(HPSCS;HPS 文化尺度)を日本語化し、日本の学校制度や高等学校の実情に合うよう文化的調整を行いました。
     具体的には、原版を日本語に翻訳した後、逆翻訳を通じて原文の意味が保持されているかを確認し、学校保健・公衆衛⽣の専門家が内容の妥当性と文化的適合性を検討しました。翻訳では、英語表現をそのまま置き換えるのではなく、日本の学校関係者が回答時に具体的な学校⽣活を想起できる表現に調整しました。たとえば、健康増進に関する学校全体の取り組み、保護者の学校への関与、教職員の児童⽣徒の健康へのコミットメント、食事や運動施設を含む物理的環境などについて、原尺度の概念を保ちながら、日本の高等学校でも自然に理解できる語に整えました。
     その後、日本の1 県の公立高等学校135 校に勤務する教職員1,148 名を対象に、日本語化したHPS 文化尺度を用いた無記名のウェブ調査を実施しました。統計解析では、確認的因⼦分析により尺度の因⼦構造を検証し、信頼性、収束的妥当性、弁別的妥当性を確認しました。また、学校内の信頼や協力関係を表す職場ソーシャルキャピタルとの関連を、マルチレベルモデルを用いて検討しました。

    <主な結果>
     日本語版HPS 文化尺度は、当初の項目のうち、日本の公立高等学校の実情において統計的な性能が十分でなかった項目を除外した結果、12 項目・3 因⼦構造として整理されました(図1)。確認された3 つの側面は、以下の通りです。

    1. 保護者の学校への関与
    2. 教職員の児童生徒の健康へのコミットメント
    3. 学校の物理的環境

     この3 側面は、学校における健康づくりが、保護者との関係、教職員の共通認識、健康を支える学校環境という複数の要素から成ることを示しています。


    図1. J-HSPCS の因子構造

     


    図2. 職場のソーシャルキャピタルとHPSCとの関連
    点は標準化係数(β)を示し、線は多層線形モデルによる95%信頼区間を表しています。結果は、個別(Sep)および同時(Sim)投入モデルを用いて、個人レベルおよび学校レベルのHPSCのソーシャルキャピタルへの効果が示されています。赤い点は、同時入力モデルにおける統計的に有意な学校レベルの効果を示しています。すべてのモデルは、関連する社会人口統計学的および職業的共変量を調整しています。

     また、日本語版HPS文化尺度の得点は、職場ソーシャルキャピタルと正の関連を示しました(図2)。この関連が個人レベルだけでなく、学校レベルでも認められたことは、教職員間の信頼・協力・相互支援が全体として高い学校は、個人がそれを低く感じていようとも、健康づくりを支える学校文化も良好に保たれる可能性が高いを意味しています。

    <今後の展望>
     本研究で検証された日本語版HPS文化尺度は、学校における健康づくりを支える組織文化を可視化するための実用的な評価ツールとなります。今後、教育委員会や学校現場で活用されることで、各学校が自校の健康づくりの強みと課題を把握し、改善に向けた組織的な取り組みを進めることが期待されます。また、学校保健計画、教職員研修、学校評価、地域連携の改善にも活用できる可能性があります。さらに本尺度は、国際的なHPS研究との比較を可能にする基盤にもなります。日本の学校保健制度の特徴を踏まえつつ、WHOが提唱するHPSの考え方を国内の学校現場に根づかせるための評価・改善ツールとして、今後の研究と実践への応用が期待されます。一方で、本研究の対象は1県の公立高等学校に限られています。今後は、小学校、中学校、特別支援学校、私立学校、他地域の学校を含めた検証を行い、日本の学校全体で活用可能な尺度として発展させていく必要があります。
     本研究は横断研究であるため、職場ソーシャルキャピタルがHPS文化を高めるという因果関係を直接示すものではありません。今後は縦断研究や介入研究により、学校組織の協働性を高めることが健康づくりの文化形成につながるかを検証する必要があります。

    <用語解説>
    ヘルスプロモーティングスクール文化
    :学校において、児童生徒の健康を重視する価値観、教職員の共通認識、保護者との協働、健康を支える環境などが組織全体に根づいている状態。
    職場ソーシャルキャピタル:職場における信頼、相互支援、協力関係などを表す概念。学校では、教職員間の協働や組織的な取り組みを支える重要な要素となる。
    因子構造:複数の質問項目が、どのようなまとまりとして整理されるかを示す構造。本研究では、日本語版HPS文化尺度が3つの側面から構成されることが確認されました。
    確認的因子分析:調査票が理論的に想定した構造をもっているかを統計的に検証する方法。
    収束的妥当性:同じ概念を測定しているはずの質問項目同士が、十分に関連しているかを示す指標。
    弁別的妥当性:異なる概念を測定している尺度同士が、過度に重ならず、区別できているかを示す指標。
    マルチレベルモデル:個人が学校などの集団に属しているような階層構造を考慮して分析する統計手法。

    <論文情報>
    1.      タイトル:Validity of the Japanese version of the Health Promoting School culture scale: multilevel associations with workplace social capital
    2.      著者:Akira Kyan, Kiyonori Masukawa, Minoru Takakura
    3.      掲載誌:Health Promotion International
    4.      巻号:Volume 41, Issue 3
    5.      DOI:10.1093/heapro/daag071