|
琉球大学熱帯生物圏研究センター 西表研究施設の和智 仲是(わち なかただ)助教は、同施設の成瀬 貫(なるせ とおる)准教授、三重大学の鈴木紀之(すずき のりゆき)准教授、農研機構の馬場友希(ばば ゆうき)上級研究員らとともに、沖縄県西表島のマングローブで、昆虫がさまざまな生き物に食べられる場面を観察し、報告しました。マングローブは、熱帯・亜熱帯沿岸に広がる特別な環境で、魚やカニなど多くの生き物にとって大切な生活の場となっています。しかし、そこで暮らす昆虫の種類や、食物連鎖の中での役割はあまり知られていませんでした。昆虫は陸上や淡水の生態系で重要な餌として利用されていますが、海に近いマングローブでの役割はほとんど明らかになっていません。
|
<発表概要>
マングローブ(図1)は、熱帯・亜熱帯の沿岸に広がる独特の生態系で、魚類や甲殻類などの重要な生活史の場として知られています。一方で、マングローブに生息する昆虫の多様性や、それらが食物網に果たす役割については、これまで十分に注目されてきませんでした(文献1)。昆虫は陸上や淡水の生態系で、さまざまな動物の餌として重要な役割を果たしていますが、マングローブを含む海洋生態系での役割はほとんど明らかにされていません。これまでにマングローブでカニや魚類が昆虫を捕食する事例は報告されていますが(文献2、3)、その実態は十分に理解されていないのが現状です。
今回の成果は、沖縄県西表島のマングローブで、長期的な昆虫多様性のモニタリング体制を確立することを目指して、和智助教・鈴木准教授が立ち上げた研究プロジェクト(注1)の副次的な成果として得られました。現時点ではまだ一時的な取り組みですが、トラップを用いたマングローブおよびその周辺環境の昆虫相の調査を継続的に試みています。「どんな種類の昆虫がどのくらいいるのか」という調査の日常的な観察の中で、予期せずマングローブ内で昆虫が捕食される場面を記録することができました。
観察された捕食者と被食者の組み合わせは、魚類(ミナミトビハゼ)とキリギリスの仲間、甲殻類(キノボリベンケイガニ)とカメムシの仲間、クモ類(フクログモ属の一種)とコオロギの仲間などがあり、さらに昆虫どうしでもミツバチの仲間を捕食するトンボ類(コフキショウジョウトンボ)、ガの仲間を捕食するアブ類(アオキンツヤイシアブ)、セミの仲間を捕食するギングチバチ類(リュウキュウスナハキバチ)、など多岐にわたりました(図2)。これらの観察は、樹幹や葉上、水面などマングローブ内のさまざまな微環境で行われ、昆虫が水生・陸生の捕食者の双方に利用されている可能性を示唆しています。
![]() 図1. 調査地の様子(西表島・船浦のマングローブ)(和智仲是撮影) |
![]() 図2. マングローブで昆虫を餌として利用するさまざまな生き物(和智仲是撮影) ヒルギササキリモドキを食べるミナミトビハゼ(左上)、ハラアカナナホシキンカメムシを食べるキノボリベンケイガニ(中上)、ヒルギカネタタキを食べるフクログモの一種(右上)、セイヨウミツバチを食べるコフキショウジョウトンボ(右下)、ネッタイクロスジキノメイガを食べるアオキンツヤイシアブ(中下)、モンハゴロモモドキを狩るリュウキュウスナハキバチ(右下) |
<今後の展望>
今回の観察では、マングローブ内での多様な捕食者による昆虫の捕食事例を記録しました。ほとんどの観察は偶発的で一度きりのものですが、今回記録できた捕食–被食関係の多くは、調べた限りこれまで文献での記録がないものでした。また、これらの観察はマングローブにおける食物網の理解に貴重なヒントを与えうると考えられます。そして、捕食者や被食者の中には、もっぱらマングローブだけに見られる種(ハラアカナナホシキンカメムシ、ヒルギササキリモドキ、ヒルギカネタタキ、アオキンツヤイシアブ、ネッタイクロスジキノメイガ)(例えば、文献4)もいれば、コフキショウジョウトンボやセイヨウミツバチのように幅広い環境に生息し、日和見的にマングローブを利用する種もいました。この両方が存在することが、マングローブ生態系の多機能性を指し示すものであり、昆虫相や昆虫をめぐる捕食-被食関係を継続的に観察していくことで、さらにマングローブ生態系の機能を明らかにしたり評価したりすることができるのではないかと考えています。
マングローブは「森」と「海」の境界に位置する生態系ですが、そこに暮らす昆虫の多様性や、彼らがエネルギーや物質の流れを支える役割を果たしていることの重要性は、これまで十分に注目されてきませんでした。今回、昆虫が捕食される現場が複数記録されたことで、マングローブでも昆虫がエネルギーや物質の流れに実際に関与していることが示されました。今後は、直接の観察による捕食頻度の把握だけでなく、DNAメタバーコーディング技術(注2)を活用した種間関係の解析を通じて、マングローブにおける昆虫の餌資源としての重要性をさらに明らかにしていきたいと考えています。
<補足説明>
1) 研究プロジェクト:和智助教と鈴木准教授が2022年に立ち上げ、2025年度からは共同で、科研費基盤研究(C)・課題番号25K09163・課題名「マングローブ環境における昆虫類の環境指標性の検証」を実施している。
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-25K09163/
2) DNAメタバーコーディング技術:環境中のDNA(たとえば土壌・水・糞・胃内容物などに含まれる生物由来のDNA断片)をまとめて抽出し、特定の遺伝子領域(DNAバーコード領域)を増幅して次世代シーケンサーで解析することで、そこに含まれる多様な生物の種を一度に同定する方法(文献5)。その環境中に住んでいる生物、餌として利用されている生物を網羅的に調べることができる。
<参考文献>
1) Yeo D, Srivathsan A, Puniamoorthy J, Maosheng F, Grootaert P, Chan L,Guénard B, Damken C, Wahab RA, Yuchen A, Meier R. (2021) Mangroves are an overlooked hotspot of insect diversity despite low plant diversity. BMC Biology 19, Article ID 202.
2) 西平守孝 (1984) セミを食うカニについて. 沖縄生物学会誌 22: 119–120.
3) Nanjo K, Kohno H, Sano M (2008) Food habits of fishes in the mangrove estuary of Urauchi River, Iriomote Island, southern Japan. Fisheries Science 74: 1024–1033.
4) Matsui Y, Wachi N, Yoshiyasu Y (2025) Discovery of Dichocrocis frenatalis Lederer, 1863 (Lepidoptera: Crambidae: Spilomelinae) in mangrove environments of the Ryukyu Islands, Japan, and tribal placement of the genus. ZooKeys 1243: 143–158.(研究紹介:100年以上謎に包まれていた小さなガ、西表島のマングローブ林で多数発見―属の単位で日本初記録― https://www.u-ryukyu.ac.jp/news/67577/ )
5) Toju H, Baba YG (2018) DNA metabarcoding of spiders, insects, and springtails for exploring potential linkage between above-and below-ground food webs. Zoological letters 4, Article ID 4.
<論文情報>
(1) 論文名:Field observation of predation on insects in mangrove habitat at Iriomote Island, the Yaeyama Islands, southwestern Japan.
(2) 雑誌名:Entomological Science
(3) 著者名:Nakatada Wachi*, Suzuki Noriyuki, Tohru Naruse, Yuki G. Baba: (*は責任著者)
(4) URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ens.70000
(5) DOI:http://dx.doi.org/10.1111/ens.70000


