研究成果

頭部皮膚がんに対する新たな治療戦略 ~薬剤スクリーニングによる新規治療法開発~ 目標3:すべての人に健康と福祉を

     琉球大学大学院医学研究科皮膚科学講座 柳輝希准教授、北海道大学大学院医学院皮膚科学教室 許哲源博士課程学生(研究当時)らの研究グループによる研究成果が、英国腫瘍専門学術雑誌「British Journal of Cancer」誌に5月29日に掲載されました。本件に関する取材については、下記のとおりになりますので、よろしくお願いします。
     高齢者の頭皮に生じる皮膚血管肉腫*1は、沖縄県に多い皮膚がんで、有効な治療法が限られている病気です。研究グループは、世界で使用されている4000種類以上の薬剤を効率的に培養がん細胞に作用させる「薬剤スクリーニング」*2という手法で、皮膚血管肉腫に対して未だ知られていない効果を持つ有望な薬剤を探しました。その結果、「プロテアソーム阻害薬」*3という薬剤が皮膚血管肉腫のモデルである培養細胞に対して効果を示し、その後の動物実験でもプロテアソーム阻害剤が皮膚血管肉腫に対して有効であることを示す結果が得られました。この結果は、既存の薬の中に難治性のがんに効果のある薬が眠っている可能性を示すもので、皮膚血管肉腫に対するプロテアソーム阻害剤もその可能性の一つであると考えられます。

    <発表概要>
    (1)  背景

     皮膚血管肉腫*1は、高齢者の頭皮・顔面に好発する皮膚がんで、進行すると肺転移などを生じ、死に至る疾患です。日本における発症頻度は100万人当たり1人程度と低いですが、沖縄県は、沖縄県以外の日本に比べて約4倍の発症頻度であり、頭部血管肉腫の好発地域です。皮膚血管肉腫に対する治療法については、放射線治療や化学療法が一部の症例に対して有効ですが、多くの方は数年以内に再発してしまい、沖縄県内患者における5年生存率は1割ほどと極めて治療の難しいがんです。国内外で、血管肉腫の原因解明のための研究や新しい治療法の開発が行われていますが、有望な治療法は見つかっていませんでした。

    (2)  研究手法と成果

     研究グループでは、皮膚血管肉腫の新しい治療法をいち早く患者さんに届けるためには、この病気に効く可能性のある薬をたくさんの候補から見つけ出すこと(薬剤スクリーニング*2)が必要と考えました。そこで、血管肉腫組織から樹立した培養細胞と薬剤ライブラリ*4を使った研究を行いました。培養細胞を細かく区分けされた培養器の中に入れ、その中に1種類ずつ薬剤を添加し、2日後に細胞がどのくらい生き残っているかを調べました。薬剤は、米国食品医薬品局で承認されている(=医薬品としての薬効と安全性を確認している)4681種類の薬剤を使用しました。薬剤の濃度を低濃度にするなど、数段階の実験を行って、最終的に2種類のプロテアソーム阻害薬*3という薬剤が有効であることがわかりました。プロテアソーム阻害薬は、血液のがんの一種である多発性骨髄腫に対して使用されていますが、皮膚がんに対する効果は今まで知られていませんでした。培養細胞での結果をマウスでも検討しましたが、マウス皮下に作製した血管肉腫腫瘍に対しても、プロテアソーム阻害薬であるボルテゾミブが有効でした。

    (3)  社会的意義、今後への期待

     血管肉腫細胞を使用した薬剤スクリーニングの報告はこれまでになく、新しい治療薬としての可能性が示唆されました。プロテアソーム阻害薬は、既に多発性骨髄腫などの病気に対して医療現場で使用されているため、臨床応用への可能性が期待できます。

    (4)  謝辞

     本研究は、JSPS科研費(JP23K07757、JP22K08397、JP20H05873)、AMED(課題番号JP23ama121037、 JP22fa627005、JP22gm1810004)、中富健康科学振興財団、JSID資生堂賞、日本皮膚科学会皮膚医学研究基金(ロート製薬寄付)、マルホ・高木皮膚科学振興財団、武田科学振興財団、沖縄県医科学研究財団、琉球大学先端医学研究支援事業などの研究助成を受けて行われました。

    <用語解説>

    *1 皮膚血管肉腫:高齢者の頭皮・顔面に発生する皮膚がんの一種。血管やリンパ管に由来する。

    *2 薬剤スクリーニング:病気に効果のある可能性のある薬剤をたくさんの候補の中から見つけ出す方法。本研究では、96か所に区分けされたプレートと呼ばれる培養器具の中で細胞を培養し、そこに薬剤を添加し細胞の変化を観察した。
    *3 プロテアソーム阻害薬:多発性骨髄腫においてすでに使用されている抗腫瘍薬。細胞の中でいらなくなったタンパク質はユビキチン化と呼ばれる特別な変化を受けて、プロテアソームという仕組みによって分解される。本阻害薬はこの仕組みを止めることで、アポトーシスと呼ばれる細胞の死を誘導できる。
    *4 薬剤ライブラリ:たくさんの薬剤を集めたセットのこと。すでに承認されている薬(既存薬)や、研究中の薬などがまとめられている。

    <論文情報>
    1. タイトル An FDA-approved drug library screening identifies proteasome inhibitors as selective cytotoxic agents for angiosarcoma cells (日本語:FDA承認薬ライブラリを用いた薬剤スクリーニングにより、プロテアソーム阻害剤が血管肉腫細胞に対して選択的な細胞障害作用を示す薬剤として見出された)
    2. 雑誌名 British Journal of Cancer
    3. 著者 Che-Yuan Hsu, Teruki Yanagi*, Kodai Miyamoto, Satoko Otsuguro, Katsumi Maenaka, Hiroshi Nishihara, Hideki Nakamura, Kenzo Takahashi, Hideyuki Ujiie
      (日本語:許哲源、柳輝希*、宮本航大、乙黒聡子、前仲勝実、西原広史、中村秀樹、高橋健造、氏家英之)
    4. DOI番号 https://doi.org/10.1038/s41416-025-03016-2
    5. アブストラクトURL  https://www.nature.com/articles/s41416-025-03016-2