研究成果

サンゴ礁池のクロナマコが体に砂をくっつける仕組み~砂付着のための細胞を新発見~

 琉球大学理学部の有賀 和氏(2019年度卒業)と広瀬裕一教授の研究成果が、「Zoological Science」(日本動物学会の英文誌)の早期公開版に令和3年4月8日より掲載されました。

  •  サンゴ礁地に普通に見られるクロナマコ(体表に砂を付ける)と近縁種のニセクロナマコ(砂をつけない)の表皮を電子顕微鏡で観察して比較した。

  • 体表に砂をつけるクロナマコの背面の表皮には顆粒細胞が見られるが、体表に砂をつけないニセクロナマコには同様な細胞がない。

  •  顆粒細胞は体表側に細胞突起を伸ばし、この突起内に顆粒があることから、顆粒を体表側へ分泌していると考えられる。

  • クロナマコおよびニセクロナマコの腹側の管足の先端には2種類の顆粒細胞が見られる。このうちの1つはクロナマコ背面表皮の顆粒細胞と同じ構造をもつ。

  • クロナマコでは管足の顆粒細胞が体表全体に発現するようになったことで、砂を付着することができるようになったのだろう。


体表に砂を付着させているクロナマコ(宜野湾トロピカルビーチ脇で撮影)

<発表概要>

 ナマコの仲間は一般に海底に堆積した有機物を餌にしています。サンゴ礁地に暮らすナマコは砂を食べ、これに含まれる有機物を体内で消化吸収してから、砂を排泄します。これによって、ナマコは礁池の砂をクリーニングしていることになるので、サンゴ礁のきれいな砂を維持する上で重要な動物といえるでしょう。ナマコの仲間は棘皮動物1の中では例外的に柔らかな体を持つ種が多く知られています。そのため、ナマコには外敵から身を守るための体に毒を含むものが多く、攻撃を受けると粘着性の糸を吐きす種もあります。ナマコにはまだ知られてない生体防御の仕組みを持っているかも知れません。
 クロナマコとニセクロナマコは沖縄の礁池で普通に見られる真っ黒なナマコです。この2種はクロナマコ属Holothuriaに分類される近縁種ですが、クロナマコの体は砂に覆われるのに対して、ニセクロナマコの体には砂が付着しないことで、容易に見分けることができます。砂を体に付着させることで、クロナマコは柔らかい体を補強し、紫外線を遮ることができると考えられます。しかし、ナマコの仲間で体に砂を付着させている種はあまりいません。どうしてクロナマコは砂を体に付着できるのか、近縁のニセクロナマコの体にはなぜ砂がくっつかないのでしょう?
 体表に砂が付着する仕組みを理解するために、クロナマコとニセクロナマコの背側の表皮2の構造を透過型電子顕微鏡で観察し、2種の比較を行いました。同様に、付着や運動に機能していると考えられる腹側の管足3の先端部分についても同様に観察を行いました。


体表に砂が付着するクロナマコ(左)と砂が付着しないニセクロナマコ(右)

背側の表皮微細構造 棘皮動物の体表を包む表皮は主に支持細胞と呼ばれる細胞シートで構成されています。ニセクロナマコの表皮も同様な構造を持っていますが、クロナマコの表皮にはこれに加えて顆粒細胞4が含まれていました。この顆粒細胞は体表側に細胞突起を伸ばし、この突起内に顆粒があることから、顆粒を体表側へ分泌していると考えらます。砂をつけるクロナマコにだけ顆粒細胞が見られるので、私たちはこの顆粒細胞やその分泌物が砂の付着に関係していると考えました。


クロナマコの背面表皮の電子顕微鏡像。矢印は顆粒細胞の細胞突起を示す。細胞突起内には丸い顆粒が縦に並んでいる。この顆粒細胞はニセクロナマコには背面表皮には見られない。

腹側管足の表皮微細構造 実はクロナマコ背面表皮の顆粒細胞と同様な構造を持つ細胞は様々な棘皮動物の管足で報告されています。そこでクロナマコとニセクロナマコの管足の表皮細胞を観察してみたところ、どちらの種でも管足の側面は主に支持細胞で構成されていましたが、管足の先端部には2種類の顆粒細胞が見られました。この2種類は他のナマコの管足でも報告されていて、それぞれType 1細胞、Type 2細胞と呼ばれています。このうちType 1はクロナマコ背面表皮の顆粒細胞と同じ構造を持っていました。これら2種の顆粒細胞は他のナマコの管足でも広く見られるもので、いずれも接着に関係していると考えられています。


ニセクロナマコの管足先端の電子顕微鏡像。白矢印はType 1、黒矢印はType 2の顆粒細胞を示す。Type 1はクロナマコ背面表皮の顆粒細胞と同じ構造を持つ。

砂を付着する仕組みの進化 世界で1500種以上のナマコが知られていますが、体表に砂をつけることが知られている種はほとんどいません。したがって、クロナマコとニセクロナマコは同属の近縁種ですが、共通の祖先となる種は砂を体に付着していなかったと思われます。一方で、管足の2種の顆粒細胞は様々なナマコで報告されているので、祖先種の管足にも顆粒細胞があり付着に関わる機能を果たしていたと思われます。クロナマコは進化の過程で管足の顆粒細胞(Type 1)を表皮にも発現できるようになったことで、砂を体表に付着できるようになったのでしょう。体に砂をまとっている他のナマコも同じ仕組みを利用して砂を付着させているのでしょうか?いろいろな種のナマコの体表構造を調べることで、体表が持つ未知の機能を発見できるかも知れません。

<用語解説>
注1棘皮動物:ウニ、ヒトデ、クモヒトデ、ウミシダ、ナマコなどで構成される無脊椎動物のグループ。全て海産。
2表皮:動物の体表全体を包む細胞シート。無脊椎動物では1層の細胞で構成される。
3管足: ウニやナマコなど棘皮動物に特有の管状の器官。体の部域によって主な役割は異なるが、付着や餌粒子の捕捉、移動の他、感覚器としても機能すると考えられている。
注4顆粒細胞:細胞内に顆粒状の構造を含む細胞の構造。顆粒の構造や成分などでタイプ分けされる。顆粒が細胞外に分泌される場合には分泌方法によっても分類される。ナマコの管足では顆粒の構造でType 1, Type 2と区別されているが、異なる名称で区別される場合もある。

<謝辞>
本研究は琉球大学の高度統合型熱帯海洋科学技術イノベーション創出研究拠点形成事業の助成を受けています。

<論文情報>
タイトル:How to Wear a Sandy Coat: Secretory Cells in the Dorsal Epidermis in the Sea Cucumber Holothuria atra (Echinodermata: Holothuroidea)
    (和訳)砂の衣を着る方法:クロナマコ背面表皮の分泌細胞について
雑誌名:Zoological Science
著 者:Nodoka Aruga, Euichi Hirose* (有賀和、広瀬裕一*)
DOI番号:10.2108/zs200171 
URL: https://doi.org/10.2108/zs200171