研究成果

全ゲノム解析によるメダカ野生集団の交雑と適応進化
~メスの配偶行動は遺伝的変異の維持に影響する?~

    琉球大学の藤本技術主任と木村教授らの研究チームによる研究成果が、Wiley社の学術雑誌「Ecology and Evolution」誌に掲載されます。

     ◆日本列島26地点のメダカ野生個体を使った全ゲノム解析データで、自然淘汰が働いた遺伝子群を網羅的に検出。
     ◆メスの配偶行動と関連する遺伝領域などで遺伝的変異を維持しやすくする淘汰が働いたことを示唆。
     ◆配偶者選好など動物の行動特性の個体差が、どのような遺伝基盤でもたらされるのかについての理解につながる可能性。

    <発表概要>

    • 誰がどのような成果を出したのか:
      琉球大学総合技術部の藤本 真悟 技術主任らは2019年から2022年に採集したメダカ野生個体をもちいた全ゲノム解析データにもとづいて、日本列島全体のメダカ2種 (ミナミメダカ Oryzias latipes, キタノメダカ Oryzias sakaziumii) の集団の遺伝的な関係性と過去の交雑履歴を推定しました。東日本の日本海側に広く分布するキタノメダカは、系統全体が過去にミナミメダカと交雑を経験した集団であることが新たに判明しました。また、キタノメダカ集団内の遺伝的多様性*1に注目して自然淘汰を受けた可能性のある候補遺伝子群を特定しました。

    • 新規性(何が新しいのか):
      キタノメダカ野生集団で遺伝的多様性が極端に高い領域を調べると、染色体間の長さの違いによる影響を除外した場合でも、高い遺伝的多様性を示す領域が18番染色体に集中していました。先行研究より、この染色体はメスの配偶者選好の遺伝基盤に関連することが報告されています[1]。また、検出した淘汰候補領域内において、神経伝達物質の分泌や神経突起伸長に関連するシナプトタグミン4(syt4)*2が、メスの配偶行動に影響する可能性のある遺伝子と推測されました。

    • 社会的意義/将来の展望:
      メダカは飼育下で容易に繁殖させることができるため、近年は雌雄の特異的な繁殖行動が遺伝子やホルモンによりどのように生理的に制御されるのかについて調べるモデルとなっています。本研究は、野生集団で遺伝的多様性が高く、メスの配偶行動に影響する可能性のある遺伝子を発見しました。こうした野生集団に存在する遺伝的変異は、配偶行動などの行動特性の個体差が、どのような遺伝基盤にもとづいて生じるかといった個体の行動の背後にあるメカニズムを理解することに寄与します。


    ①    研究の背景・先行研究における問題点
     日本のメダカ野生集団は、本州の日本海側を中心に分布するキタノメダカOryzias sakaizumiiと本州、四国、九州と琉球列島に広く分布するミナミメダカOryzias latipesの2種で構成される。先行研究において、西日本地域では兵庫県から京都府付近の日本海側に自然下でのこれら2種の交雑由来系統がいることが報告されていた一方で、東日本地域のキタノメダカはミナミメダカと地理的に隔離されており自然下での種間交雑はないと想定されてました[2, 3]。しかしながら、交雑の検出に有効な核ゲノムの一塩基多型をもちいた検証は、東日本の野生集団には十分適用されておらず、核ゲノムにおける交雑の有無は十分に検証されていませんでした。
     また、日本のメダカ2種は形態や繁殖特性など様々な表現型の変異を示すことが知られています[1]。メダカ属魚類全体の中でもキタノメダカは分布北限に近く、高緯度環境への適応進化が生じたと考えられていますが、どのような遺伝子群に自然淘汰が働いて進化しているかについては検証されていませんでした。本研究は福井県敦賀から青森県北津軽までに分布するキタノメダカ野生集団に注目し、交雑と淘汰という進化プロセスがそれぞれ野生集団内の遺伝的多様性にどのような影響をおよぼしたのかについて、全ゲノムの遺伝子頻度情報にもとづいて評価しました。

    ②    研究内容(具体的な手法など詳細)
     日本列島26地点で採集したミナミメダカ (N = 54)とキタノメダカ(N = 40)の両方をふくむ野生個体の計94個体で、個体のもつすべての遺伝情報に相当する塩基配列を読み取る全ゲノムリシーケンス解析*3を行いました。個体間の配列類似性から系統関係を推定し、日本列島の地域集団がどのように区分されるのかについて遺伝な関係性を評価しました。そして、東日本に生息するキタノメダカとミナミメダカとの間で交雑があったのかについて地域集団間の遺伝子頻度の差にもとづいて検証しました。先行研究では自然下の交雑が報告されてなかった東日本地域のキタノメダカの南限付近 (福井県敦賀市中池見湿地)から北限付近(青森県北津軽郡)にいたる4地点で一様にミナミメダカ東日本集団との交雑の傾向を示しました。分析した4地点がすべて一様に交雑を示す結果は、例えば、ミナミメダカが近年に人為的移入でキタノメダカと交雑したといったシナリオで説明するのは難しいため、今回検出した交雑の傾向は、キタノメダカが現在の分布域全体に広がる以前、数万年から数十万年前の過去に起こった自然下での交雑を反映すると考えられます(図1)。

    図1. 先行研究と本研究が検討した交雑イベントの相違点

     また、キタノメダカ野生集団に注目して、自然淘汰が働いた遺伝領域を調べました。染色体を50000 bpごとの領域に区分して、塩基多様度π、Tajima’s D, 雌雄間の遺伝的分化Inter-sexual FST など複数の統計指標を計算することで、領域ごとの遺伝的多様性の特徴を評価しました。これら指標がゲノム全体の平均から外れた値を示すかどうかで遺伝領域ごとの淘汰の有無を判定しました。また、外れ値を示した指標の組み合わせで潜在的に想定される淘汰の様式を分類すると、ゲノム全体で18箇所の候補領域が見つかりました。そのうち18番染色体上には、遺伝的多様性が高い6領域が集中して存在していました。

    ③   社会的意義・今後の予定 など
     18番染色体上の高い遺伝的多様性を示した領域内には、神経伝達物質の分泌や神経突起伸長に関連するシナプトタグミン4(syt4)があり、この遺伝子をふくむ領域は、メスが産卵するときに配偶相手となるオスをどのくらい受け入れやすいかに関連することが知られてました[1]。メダカは、オスが複数のメスと繁殖する乱婚型の配偶システムを取るため、メスが長い時間をかけてオスを選り好みすることには、オスの繁殖成功(例えば、複数のメスとの配偶に成功しやすいなど)を通じた利益が想定されます。その一方で、多数回の放精を経験した後のオスと交配すると、オスの精子が枯渇して卵の受精率が低下するなどメスにとって不利益が生じる可能性があります[4]。こうしたメダカの配偶システムの特徴は、オスを注意深く選り好みする性格とオスを選り好みしない性格との間での優劣を付けにくく、片方が淘汰される結果にならないことで、メスの配偶行動と関連する領域に高い遺伝的多様性を保ちやすいのかもしれません。今後は野生下での繁殖個体をもちいて配偶行動や繁殖成功の個体差を詳細に観察することで、この遺伝領域が実際にどのように個体の行動を介した適応上の有利さに影響するか評価できるようになるかもしれません。自然淘汰により遺伝的な多様性が維持されるメカニズムを調べることは、人間をふくめた多くの動物が示す、性格や行動特性の個体差がどのような遺伝的基盤とメカニズムにより維持されているかについて理解することにも寄与すると考えられます。

    <用語解説>
    *1 遺伝的多様性:

     種内の個体や集団に見られる遺伝的変異の豊富さとその分布を指します。遺伝的変異は、ある遺伝子座における塩基配列の違い(=対立遺伝子、アリル)として、シーケンサーという機器をもちいて読み取ることで計測できます。また、現在の生物が持つそれぞれの遺伝子座における対立遺伝子の頻度は、同じ染色体上にある隣り合った領域でも、世代ごとの減数分裂や組み換えといった遺伝メカニズムによる偶然の偏り、種間や集団間の交雑、自然淘汰など過去に生じた複数の進化プロセスの影響を受けて変わりえます。そのため、集団の遺伝的多様性を評価するときは、ゲノム全体の多数の遺伝子座の情報にもとづいて統計的に定量する必要があります。

    *2 シナプトタグミン4(Synaptotagmin-4, syt4):
     神経細胞などでシナプス小胞上に存在する神経伝達物質の移動に関わる膜タンパク質。シナプトタグミンは複数遺伝子をふくむ遺伝子ファミリーで、シナプトタグミン4はショウジョウバエから哺乳類まで広く進化的に保存されており、ドーパミン放出に関連する分子機能がよく知られています。また、マウスでは、Syt4がオキシトシン分泌制御に関わるという報告があります[5]。魚類でSyt4がオキシトシンの分泌制御を担うかは明らかではないものの、メダカではメスがオスを受け入れて産卵するときのメスの配偶者選好性にオキシトシンが関与することが知られるため[6]、本研究ではメスの配偶行動に関連する候補遺伝子であると考えています。

    *3 全ゲノムリシーケンス解析: 
     メダカ1個体がもつゲノム全体の塩基配列は約7億文字に相当します。この7億文字全体を読み取るのが全ゲノムリシーケンスと呼ばれる分析手法です。筋肉など組織サンプルにふくまれる長鎖のゲノムDNAを数100から1000塩基程度の短い断片に加工した上で、ショートリードシーケンサーと呼ばれる機械でそれぞれの断片ごとに塩基を読み取ります。現在のショートリードシーケンサーはシーケンスと情報処理の技術発展で、一度の分析で数十億もの断片を読み取ることができます。本研究では、同一個体がもつ複数の対立遺伝子を確実に読み取りできるようにするため、1個体のゲノム全体を×10~×30の深度で分析しました。

    <引用文献>
    [1] Fujimoto S. et al. 2024. Molecular Ecology, 33(23), e17578.
    [2] Takehana Y. et al. 2016. Zoological Science. 33:125–131.
    [3] Katsumura T. et al. 2019. G3 Genes | Genomes | Genetics. 9:217–228.
    [4] Kondo et al. 2025. Royal Society Open Science, 12(1), 241668.
    [5] Zhang G. et al. 2011. Neuron, 69(3), 523-535.
    [6] Yokoi S, et al. 2020. PNAS, 117(9), 4802-4808.

    <論文情報>
    (1)    論文タイトル: Population genomic analysis of selection in wild medaka populations: identifying candidate loci for balancing selection
              (集団ゲノム解析によるメダカ野生集団で平衡淘汰が働く候補遺伝子座の特定)
    (2)    雑誌名: Ecology and Evolution
    (3)    著者: Shingo Fujimoto*, Taijun Myosho, Hirozumi Kobayashi, Hiroaki Aoyama, Iki Murase, Bayu K. A. Sumarto, Mitsuharu Yagi, Taiga Kunishima,
             Masatoshi Matsunami, Ryosuke Kimura* (* 責任著者)
    (4)    DOI番号: 10.1002/ece3.74383
         アブストラクトURL: https://doi.org/10.1002/ece3.74383