研究成果

深い海へ、つながりがあるサンゴとないサンゴがいる ――見た目では分からない3つの系統で違っていた―― 目標14:海の豊かさを守ろう

    発表のポイント

    ◆琉球列島の浅場〜深場のトゲサンゴ種群389個体のゲノムを解析した結果、外見は同じように見えるものに3つの隠蔽系統が存在し、系統ごとに深浅方向や水平方向で遺伝的な類似度が異なることが明らかになりました。
    ◆遺伝的分化は水平距離だけでなく深さの差でも進み、深さ30mの差は浅場どうしで水平方向に約16〜32km離れた集団に相当する違いを生むことが明らかになりました。
    ◆深場は一部の浅場サンゴの “避難所”になる一方、その効果は系統で異なり、隠蔽系統の違いに加え、浅場か深場かという二分だけでなく中間地帯も加味した生息地の保全が重要であることを示しました。



    トゲサンゴで確認された3系統(左)と系統ごとの地点・深度間のつながり(移住率)を推定した結果(右)

    <発表概要>
    【概要】
     東京大学大学院農学生命科学研究科髙田健司氏(研究当時博士課程)、宮崎大学農学部成田悠司氏(研究当時学士課程)、東京大学大学院農学生命科学研究科安田仁奈教授、琉球大学熱帯生物圏研究センター波利井佐紀教授ら、水産研究・教育機構、東京大学、東北大学の研究者らによる共同研究グループは、琉球列島の沖縄および八重山諸島近海の浅場から深場にいたるさまざまな場所で採集したトゲサンゴ種群を対象に、ゲノムワイドSNP解析(注1)を行い、温暖化の影響を受けにくいと考えられている深場サンゴ礁(注2)が浅場サンゴの一律な避難所ではないことを明らかにしました。トゲサンゴには見かけでは区別できないが別種である可能性の高い3種類の隠蔽系統(注3)が存在しました。これらの系統は集団サイズの変化の歴史的な変遷や、深場と浅場での遺伝的な近さが異なっていることがわかりました。さらに、一部系統では中間深度の集団が失われると浅場と深場の集団の遺伝的な関係性が途絶えてしまうことも示唆されました。深さが深浅方向に30m異なると、浅場の平面方向に約16〜32kmの距離に相当するほどの遺伝的な分化を生みました。本成果は、温暖化や人為影響の影響を受けやすい浅場のサンゴの一部は、より深い生息域に生き残るという深いサンゴ礁避難所仮説(注4)が系統や地形といった条件次第で支持されることを意味します。すなわち、今後は、遺伝子でしかわからない隠れたサンゴの系統それぞれの分布を明らかにすること、浅場か深場かという二分だけでなく中間地帯も加味した生息場を確保することがサンゴの保全上、重要であると考えられます。

    【発表内容】
     サンゴ礁は高い海洋生物多様性を支える重要な生態系ですが、浅場のサンゴ群集は海水温上昇などの影響を強く受けています。このため、水温変動が比較的小さい深場サンゴ礁(水深30~150メートル)が浅場サンゴの避難所や幼生供給源になるという『深いサンゴ礁避難所仮説』が提案されてきました。しかし、その有効性は地域や種によって異なることが報告されており、琉球列島においても、どの程度深場と浅場のサンゴ礁に遺伝的な関係性があるのかという点について、見かけでは分からない隠蔽系統まで区別して検証する必要がありました。そこで研究グループは、琉球列島の沖縄・八重山の複数地点で、浅場・中間深度・深場からトゲサンゴ種群389個体を採集し、MIG-seqによるゲノムワイドSNP解析を実施しました。
    まず無性生殖によるクローン個体を除外したうえで解析したところ、トゲサンゴ種群には少なくとも3つの隠蔽系統(α、β、γ)が存在し、これらはそれぞれ異なる特定の水深だけに偏って分布するのではなく、同じ場所・同じ深さ帯に共存していることが分かりました。つまり、同じ種のように見える群体でも、異なる系統は実際には別種の可能性が高く、系統ごとに別の保全単位として扱う必要があることがわかりました。
     さらに各系統について個体間の遺伝的距離を解析した結果、地点間の水平距離が大きいほど、また深さの差が大きいほど、遺伝的分化は大きくなりました。特に、深さ30mの差は、浅場どうしで約16〜32km離れた集団に匹敵するほどの違いとして表れました。一方で、その遺伝的分化の大きさは系統によって異なり、深浅間の遺伝的な関係性が比較的保たれる系統もあれば、ほぼ親と同じ場所に加入し、深場と浅場の遺伝的な交流が弱い系統もありました。
     さらに、深浅のあいだを埋める中間深度(水深20メートル前後)の生息場があるかどうかが、深場のサンゴ生息域と浅場のサンゴ生息域の間の遺伝的な関係性を保つ上で重要でした。中間深度の集団が確認された系統では、深場と浅場のあいだをつなぐ『ハブ』のように機能している可能性が示されました。これに対し、中間深度の集団が見つからない系統では、浅場と深場で遺伝的な交流がほとんどないことが明らかとなりました。

     本研究は、深場サンゴ礁が浅場サンゴの避難所となるかどうかは、見た目では同一種に見えて判別できない隠蔽系統ごとの分散特性と、浅場―中間深度―深場をつなぐ地形的・生態的および遺伝的な連続性をあわせて考える必要があることを示しました。今後、気候変動下でサンゴ群集の持続性を評価する際には、深場だけを保全対象とみなすのではなく、深浅を連結する中間深度の生息場も含めて、系統ごとにきめ細かな保全戦略を立てることが重要になります。

    <発表者・研究者情報>
     東京大学
      大学院農学生命科学研究科
       髙田 健司 研究当時:博士課程
       安田 仁奈 教授
      大学院新領域創成科学研究科
       菊地 泰生 教授

     宮崎大学農学部・農学研究科
       成田 悠司 研究当時:学士課程
       野口 七海 研究当時:修士課程

     水産研究・教育機構水産技術研究所
       長井 敏 主幹研究員

     東北大学大学院農学研究科
       陶山 佳久 教授

     琉球大学熱帯生物圏研究センター
       Frederic Sinniger ポスドク研究員
       波利井 佐紀 教授

    <研究助成>
    本研究は、JST CREST (JPMJCR23J2)、科研費 (21H04943, 16H02490, 17H04996, 22KJ1108, 23H00529,24H00079, 25H01203)、環境研究総合推進費(4RF-1501, 4-1304)、第一三共生命科学研究振興財団、笹川平和財団 オーシャンショットプラグラムの支援により実施されました。

    <用語解説>
    (注1)ゲノムワイドSNP解析(MIG-seq) DNA全体に散在する多数の一塩基多型(SNP)を同時に比較し、個体群の遺伝的多様性や集団間の遺伝的関係性を解析する手法です。
    (注2)深場サンゴ礁(Mesophotic coral ecosystems) おおむね水深30m以深の、光は弱いもののサンゴ群集が成立する海域を指します。浅場より夏季の水温が低いことから、温暖化などの影響から逃れるための避難所としての役割が注目されてきました。
    (注3)隠蔽系統 見た目ではほとんど区別できない一方、遺伝的には明瞭に異なる系統のことです。保全や分布予測では、同じ種名の中にこうした違いが隠れている場合があります。
    (注4)深いサンゴ礁避難所仮説(Deep Reef Refugia Hypothesis; DRRH) 深場のサンゴ群集が高水温などの影響を受けた浅場サンゴの避難所や、回復のための幼生供給源になるという仮説です。本研究は、その有効性が系統や地形条件によって異なることを示しました。

    <論⽂情報>
    雑誌名:Molecular Ecology
    題 名:Illuminating Deep Reef Refugia: Horizontal and Vertical Genomic Connectivity of Seriatopora hystrix in the Ryukyu Islands, Japan
    著者名:Kenji Takata, Yuji Narita, Nanami Noguchi, Satoshi Nagai, Taisei Kikuchi, Yoshihisa Suyama, Frederic Sinniger, Saki Harii, Nina Yasuda*
    DOI: 10.1111/mec.70362