研究成果

急成長する赤ちゃんイカの「見る力」 ~アオリイカの視覚発達過程を解明~ 目標14:海の豊かさを守ろう

     琉球大学研究共創機構の杉本 親要 リサーチ・アドミニストレーター(URA)、理学部の池田 譲 教授、浙江海洋大学(中国)の張教授らの研究チームによる研究成果が、英国の学術雑誌「Journal of Experimental Biology」誌に掲載されます。

    <発表のポイント>

     ◆どのような成果を出したのか
      イカ・タコ類がヒトを含む脊椎動物と共通して持つカメラ眼は、孵化した直後に視力と視野を急激に発達させる特性を示すことを明らかにしました。

     ◆新規性(何が新しいのか)
      飼育の難しいイカ類で視力と視野の発達過程を行動学的手法と解剖学的手法の両方を用いて孵化直後から追跡した研究は世界初です。

     ◆社会的意義/将来の展望
      有用水産資源であるイカ類の初期生残の鍵を握る視覚の発達過程が詳細に解明されたことで、資源保護や生息環境保全に寄与する新たな視点を提示できました。

    <発表概要>
     琉球大学研究共創機構の杉本親要URA、理学部の池田譲教授、浙江海洋大学(中国)の張教授らの研究チームは、水生生物の中でもきわだって高い視力を持つといわれるイカ類のうち、アオリイカの「見る力」である視力と視野の発達過程について、眼の構造や身体における位置から解剖学的に潜在的な視力や視野を推定する方法と、行動実験により割り出す方法を用いて孵化後2ヶ月間詳細に追跡しました。その結果、眼の構造から推定した視力は孵化後一定のペースで上昇し続けるものの、行動実験により割り出した視力は孵化後2週間で急上昇しました。一方、視野はどちらの方法でも孵化後1週間で急上昇することを明らかにしました。このように生まれて間もなくの視覚発達は、タコ類やコウイカ類といった大きなレンズを有した精巧なカメラ眼を持つ他の頭足類に共通の傾向であるとともに、同じくカメラ眼を有する我々ヒトを含む脊椎動物にも共通する傾向であることから、カメラ眼そのものが持つ共通特性であることが示唆されました。本研究は、視覚を通した頭足類の進化過程の解明に加え、カメラ眼そのものの進化を明らかにする足掛かりになるとともに、視覚環境の観点から資源保護や生息環境保全への新たな視点の提供につながる意義を有します。

    視力と視野の急発達が見られるアオリイカの赤ちゃん

    <研究背景>
     イカとタコを主なメンバーとする頭足類は、骨格のない無脊椎動物のうち軟体動物に分類され、巻き貝や二枚貝などの仲間です。進化の過程で貝殻を失った代わりに、高解像度の眼、発達した脳および全身の皮下に備えた無数の色素胞を獲得しました。これらは、「頭足類の知能」として知られる認知能力や学習能力を担う情報処理の仕組みとして働きます。頭足類がなぜ守りの要である貝殻を捨てて自由に動ける道を選んだのかという謎は、生物進化における一つの大きな謎になっています。イカやタコの眼は大きなレンズを有した精巧なカメラ眼であり、網膜の視細胞の向きとそこから伸びる神経の配置が異なる点を除いてヒトを含む脊椎動物と酷似する構造をもち、視力が1.4にも達します。一方、イカとタコの眼は体の左右側面に位置することから、二つの眼で体の周囲をほぼ見渡せるほど広い視野をもちます。
     頭足類の進化を明らかにする上で重要なトピックとなる視覚は、これまで多くの研究者から注目を集め古くから研究が進められてきました。その研究の多くは眼の構造そのものを調べた知見であり、眼の機能である視力や視野についての知見はまだ十分に蓄積されていません。また、その発達についてもわからないことが山積しています。
     「見る力」である視覚について調べるためには、眼の構造や身体における位置から解剖学的に潜在的な視力や視野を推定する方法と、行動実験により割り出す方法があり、両方がそろうことでより詳しく視覚を明らかにできます。しかし、頭足類、中でもスルメイカやアオリイカという遊泳力の高いツツイカ類は人工環境に極めて弱いことから実験が難しく、視覚とその発達については知見が乏しいままでした。そのため、頭足類の視覚を包括的に議論することはこれまでできませんでした。
     そこで研究グループは、アオリイカの孵化時からの長期安定飼育技術をベースとして、飼育条件下でのアオリイカを用いた行動実験の経験を重ねてきました。実験においてはさらに、視力と視野を解剖学的手法と行動学的手法の両方を用いて調べることで、知見の空白部分を埋めることにも成功しました。特に本研究では、成長に合わせて視覚が発達する過程を孵化直後から2ヶ月間追跡するという、より難しい課題にも挑戦しました。

    <研究内容>
     漁業や釣りにおける水産重要種のアオリイカを実験対象とすることで、ツツイカ類に合った視力と視野の新たな推定方法を考案しました。解剖学的手法では、レンズの大きさと網膜内の視細胞の密度から視力を推定し、頭部の眼球を観察することでレンズと網膜の位置関係を求め、そこから視野を推定しました(図)。また、行動学的手法では、グッピーの仔魚に対してイカが捕食行動を示すかどうかを判断基準としました。ここで視力は、イカとグッピーそれぞれの水槽の位置を変えることで最も遠くから捕食行動を示した場合のイカとグッピーの間の距離とグッピーの大きさから推定しました。視野は、グッピーをいれた円形水槽の中央にイカをいれた小型の円形水槽を配置し、周囲を泳ぐグッピーに対する捕食行動を観察することで、グッピーに気づいた時点でのイカの頭の向きとグッピーの位置から推定しました。


    図.視力と視野を調べるための解剖学的手法と行動学的手法
    左:レンズの大きさと網膜内の視細胞の密度から視力を推定し、レンズと網膜の位置関係から視野を推定した。
    中央:イカとグッピーの間の距離とグッピーの大きさから視力を推定した。
    右:グッピーに気づいた時点でのイカの頭の向きとグッピーの位置から視野を推定した。

     物体を識別できる能力である「視力」について、解剖学的に調べると、イカの眼の成長に合わせレンズが大きくなり、網膜も広がることで視細胞密度が下がり孵化直後から一定のペースで上昇し続けました(孵化時0.01, 2ヶ月後0.08)。一方、行動学的に調べると、孵化後2週間で視力が急上昇しました(孵化時0.02, 2週間後0.04, 2ヶ月後0.07)。視力の及ぶ範囲である「視野」については、解剖学的手法、行動学的手法どちらの場合も、視力の上昇より先、すなわち孵化後1週間で急上昇しました(解剖学: 孵化時300°, 1週間後320°, 2ヶ月後330°; 行動学: 孵化時160°, 1週間後300°, 2ヶ月後350°)。このように両手法で異なる発達過程を示す結果は、実際にイカがもつ「見る力」の発達が解剖学的に推定される眼の成長に合わせた視力上昇だけではなく、視野の急発達に関わる眼を動かす筋肉や眼から入った光情報を分析する脳などの複合的な発達に支えられていることを意味します。また、孵化直後のイカは、頭部において大きな脳が眼球を腕の方に押しやるような配置であることから、視力の弱い時期(近視)であっても両眼立体視により餌を捕まえやすい上、視野の方が視力より先に発達することから広く見渡せることで捕食者のことも発見しやすいと考えられます。
     本研究により明らかとなったアオリイカの孵化後初期における視力と視野の急成長は、タコ類やコウイカ類における過去の研究成果と同様の傾向であったことから、頭足類全体に共通する視覚発達の特性と考えられます。また、ヒト、サル、ネコ、ニワトリ、サカナといった脊椎動物でも生活史の初期段階に視力や視野の発達が見られます。哺乳類の親による子の保護や魚類の子どもの姿から大人の姿に変わる変態といった特徴が視覚発達と関連する可能性が考えられますが、頭足類はこれらの特徴を示さないことから、生まれて間もなくの視覚発達傾向こそがカメラ眼に共通の特性であることが示唆されました。

    <研究の意義>
     タコ類、コウイカ類やツツイカ類という頭足類の主要グループに共通する視力や視野の特性とそれらの発達過程を明らかにできたことで、無脊椎動物の頭足類が貝殻を失う代わりに高度な情報処理の仕組みを獲得した進化の過程を解くための一つの足掛かりを得られました。また、異なる進化的背景をもちつつもカメラ眼を共有する脊椎動物との視覚発達の比較により、カメラ眼に共通の発達特性の存在を明らかにできたことで、光受容器の一つの極みであるカメラ眼自体の進化の過程をより詳細に明らかにするきっかけを提供できました。さらに、アオリイカを含むツツイカ類は有用水産資源であるため、脆弱で最も死亡率の高い孵化後初期の視覚生態に関する知見が得られたことから、資源保護や生息環境保全、養殖について視覚環境の観点から考える新たな視点を提供できました。
     今後はアオリイカを始めとする頭足類が、情報処理の仕組みを駆使していると予想される他個体とのコミュニケーションを行う上で「見る力」をどのように用いているのかについて明らかにしていくことで、頭足類進化のさらなる解明に取り組んでいきます。

    <論文情報>
    (1)    論文タイトル Camera-type eye specific visual ontogeny in squid (Sepioteuthis lessoniana) アオリイカにみるカメラ眼特有の視覚発達
    (2)    雑誌名 Journal of Experimental Biology
    (3)    著者 Chikatoshi Sugimoto, Shuhan Lei, Toru Ao, Yuma Sakurai, Xiumei Zhang, Yuzuru Ikeda
    (4)    DOI番号:doi:10.1242/jeb.250437
    (5)    アブストラクトURL:https://journals.biologists.com/jeb/article/doi/10.1242/jeb.250437/371077