研究成果

中程度の高温ストレスがサンゴに及ぼす影響を解明~サンゴの白化は狭い範囲で大きく異なる~

 琉球大学熱帯生物圏研究センターの酒井一彦教授らの研究チームによる研究成果が、米国の学術雑誌「PLOS ONE」誌に掲載されました。
【発表のポイント】

 沖縄県国頭郡本部町瀬底島周辺海域におけるサンゴ礁の定点調査によって、2016年夏季の中程度の高海水温がミドリイシ属サンゴに及ぼした影響を明らかにしました。沖縄本島では1998年と2001年に強度の高水温となりましたが、2016年はそれらの年よりは低く、平年よりも高い水温でした。複数箇所における定点調査の結果、中程度の高温ストレスによる影響は5 km程度の狭い範囲の中で大きく異なり、サンゴの白化と白化による死亡が地点間で大きく異なることを明らかにしました。また白化の程度はサンゴの形により異なること、水温が平常値に戻っても白化の影響が残り、サンゴの成長が低下したことも明らかにしました。これまでサンゴの白化は強い高水温ストレス下での研究報告が多かったのですが、本研究は今後頻繁に起こることが予想される中程度の高水温ストレスがサンゴに与える影響を明らかにしたことで、今後のサンゴ礁保全の方向性を考える上で極めて重要な知見となるものです。例えば、中程度の高水温では狭い範囲でサンゴ白化の程度が異なっているため、サンゴをオニヒトデ等の地域的影響から保全する区域は、サンゴの白化が起こりにくい場所に設定されるべきであると考えられます。

<発表概要>
琉球大学熱帯生物圏研究センターの酒井一彦教授の研究グループは、北里大学海洋生命科学部安元剛講師の研究グループと共同で、2016年夏季に沖縄島北部本部町瀬底島周辺のサンゴ礁で起こった中程度の高温ストレスが、高温に弱いミドリイシ属サンゴに及ぼした影響を明らかにしました。これまでサンゴの白化については、例えば1998年に起こったような強い高温ストレスの影響を報告する研究が多かったのですが、本研究では地球温暖化の進行に伴い、今後頻繁に起こると予想される中程度の高温ストレスの影響を明らかにしました。またサンゴ白化の研究は毎回ランダムにサンゴを選んで行うものが多いのですが、本研究ではサンゴ礁に杭を打ち同じ場所を繰り返し観察できるようにし、動かないサンゴを個体識別して繰り返し追跡したことで、各サンゴの生存や成長に及ぼす高温の影響を明らかにしました。

図1.調査地点とサンゴ白化の程度および各地点の環境の特徴。

野外調査の方法
 ミドリイシ属は沖縄に限らずインド・太平洋の多くのサンゴ礁で量的に多く、かつ種数も多いサンゴですが、サンゴの中では高水温に弱く、1998年夏季に起こった強い高水温ストレスによって、本研究を行った海域ではそのほとんどが白化し、その後死亡しました。本研究では図1に示す5地点で、2015年10月、2016年4月、10月、2017年4月に調査を行いました。16年10月の調査では、その年の夏季の高温によるミドリイシ属サンゴの白化状況を、15年10月と16年4月の間には高温の影響がない期間の生存と成長、16年10月から17年4月は高温ストレス後の生存と成長を追跡しました。また各調査地点には連続して温度を記録するデータロガーを設置し、現場の水温を連続的に測定しました。

高温でも白化しにくい環境の発見
 調査は5 km程度の広がりの中で行いましたが、2016年夏季の高温によるミドリイシ属サンゴの白化率と白化後の死亡率は地点間で大きく異なりました。累積的な高温ストレスを評価する指標DHW(注1)が最もよく地点による白化率と死亡率の違いを説明しましたが、DHWが比較的高くても波当たりの強い地点や、河口に近くやや濁りの強い地点では白化率と死亡率がともに低いことが分かりました(図1)。高温によるサンゴの白化は、通常時にはサンゴの細胞内に多数生育しサンゴと共生している褐虫藻が、高温かつ強光下では光合成ができなくなり毒性のある活性酸素を出すため共生関係が崩れ、サンゴが褐虫藻を体外に放出するために起こると考えられています。強い波当たりは活性酸素のサンゴ体外への拡散を促進し、濁りは光を弱めるため褐虫藻が出す活性酸素量を減らすため(濁りが強すぎると光が減りすぎて、通常の水温で褐虫藻の光合成が減ってしまうため、サンゴにも影響が出ます)、波当たりの強い地点や河口に近く濁りがやや強い地点では白化が起こりにくいと考えられます。さらに本研究では水温が、サンゴが白化しない温度に下がってからも、サンゴの種によっては死亡が続くものがあり、全てのミドリイシ属サンゴで白化後は白化前に比べて成長率が減少し、成長の減少度合いは大きいサンゴでより大きいことも分かりました。またサンゴの形によって高温ストレスの影響は異なり、テーブル状のミドリイシ属サンゴが他の形のサンゴよりも受ける影響が小さいことも分かりました。

サンゴ礁の保全に向けて
 現在すでに地球では、人類が気候などに影響を及ぼす地質年代「人新世」が始まっていると言われており、今後地球温暖化はさらに進むことが予想されます。本研究では、今後サンゴ礁域で頻発すると予想される中程度の高温ストレスのサンゴへの影響が数kmの範囲でも場所により大きく異なり、白化率や白化による死亡率が場所間で大きく異なることが明らかとなりました。このことは、次世代を生み出す親サンゴを効果的に保全するためには、高温による白化が起こりにくいサンゴ礁を特定し、それらサンゴ礁にあるサンゴを、オニヒトデによる捕食や埋め立てなどによる地域的な減少要因から守ることが必要であることを意味します。また今後は、本研究の野外調査から予想された水の濁りが白化を軽減する等の仮説を、実験的に確かめる必要があります。

注1 DHW (Degree Heating Week)。
意味:サンゴの白化は高温ストレスが蓄積して起こると考えられており、現在DHWはサンゴが受ける高温ストレスの指標として用いられています。経験的にDHWが4を超えると、サンゴの白化が起こると言われています。本研究で白化率が最も高かった地点の2016年夏季のDHW最高値は、5.5でした。
計算方法:ある日の水温が、平年(水温が高くなく、サンゴの白化が起こらなかった複数年)の水温の高い月(沖縄の場合は7月と8月)の平均値より1℃以上高い場合、その日の水温と平年の水温平均値+1℃の差を求めます。特定の日のDHWは、その日から過去12週間の、差が正であった日の差を積算して求めます。

 

 

【論文情報】

(1)    Effects of moderate thermal anomalies on Acropora corals around Sesoko Island, Okinawa.(沖縄県瀬底島周辺における中程度の高水温がミドリイシ属サンゴに及ぼす影響)

(2)    PLOS ONE

(3)    シン タンニャ*(琉球大学大学院・理工学研究科)、飯島 真理子(北里大学・海洋生命科学部)、安元 剛(北里大学・海洋生命科学部)、酒井 一彦*(琉球大学熱帯生物圏研究センター)
* 責任著者もしくは研究の中心となった者

(4)    DOI:10.1371/journal.pone.0210795

(5)    アブストラクトURL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0210795