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■ 発表のポイント 〇 アブラナ科植物が鉄吸収を促進するために分泌する鉄可溶化物質「クマリン」を、細胞内へ取り込む輸送体を、世界で初めて同定しました。 〇 この輸送体の働きにより根の表皮細胞と皮層細胞にクマリンが集積することで、これらの細胞から土壌へのクマリン分泌が増強され、鉄吸収能が高まる仕組みを解明しました。 〇 本成果は、鉄欠乏土壌でも育つ農作物の育種や鉄栄養価を高めた品種開発への応用が期待されます。 |
■ 概 要
鉄は植物の成長に不可欠な栄養素ですが、多くの土壌では不溶態として存在するため、植物は効率的に鉄を吸収することが困難です。アブラナ科植物は鉄が不足すると、鉄を可溶化する作用をもつ「クマリン」を根から分泌し、鉄吸収を促進します。クマリンは主に、根の表皮細胞と皮層細胞から分泌されることが知られていますが、これらの細胞にクマリンがどのように集積されるのか、その分子メカニズムはこれまで明らかになっていませんでした。
安田女子大学理工学部の渡邊俊介講師、フランスINRAE・IPSiMのChristian Dubosグループリーダー、琉球大学熱帯生物圏研究センターの瀬尾光範教授(兼 理化学研究所環境資源科学研究センター 客員主管研究員)らの共同研究グループは、シロイヌナズナのNITRATE TRANSPORTER 1/PEPTIDE TRANSPORTER FAMILY(NPF)に属するNPF7.2が、根の表皮細胞と皮層細胞にクマリンを“積み込む”ためのクマリン取込み輸送体であることを発見しました。NPF7.2は鉄欠乏の根の表皮細胞と皮層細胞に発現し、クマリンを細胞内に高濃度に集積させることで、そこからの分泌を増強していることが示されました。この成果は、アブラナ科植物の鉄獲得機構の理解を大きく前進させるものです。
本研究の知見は、将来的には、鉄が少ない土壌でもよく育つ作物の開発や、作物の鉄含量を高めて栄養価を向上させるバイオフォーティフィケーションへの応用が期待されます。本研究は、科学雑誌 『New Phytologist』オンライン版(2月24日付:日本時間2月25日)に掲載されます。

クマリン取込み輸送体NPF7.2によるクマリン分泌促進モデル
■ 研究支援
本研究は、欧州委員会Horizon 2020 Marie Skłodowska-Curie Individual Fellowship「PLANTSEE project(研究代表者:渡邊俊介、MSCA-IF-2020, 101024030)」、French National Research Agency「DYNAFER project(研究代表者:Christian Dubos、ANR-22-CE20-0006)」、日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究「マメ科植物の根粒形成を正に制御する輸送体NIPの輸送基質の同定と機能解析(研究代表者:渡邊俊介、20K15453)」、同学術変革領域研究(B)「配糖体―アグリコン変換反応のダイナミクスから紐解くクマリン類の活性調節機構(研究代表者:杉山龍介、24H00880)」、同基盤研究(B)「根から排出される植物ホルモンの生物学的な意義の解明に向けて(研究代表者:瀬尾光範、24K02047)」などによる支援を受けて行われました。
■ 詳細な説明
1.背 景
鉄は、ほとんど全ての生物の成長・生存に不可欠な金属で、植物では光合成や窒素固定といった基礎代謝に利用されます。植物は根を通じて土壌中から鉄を吸収しますが、土壌に豊富に含まれている鉄の多くは不溶性の三価鉄[1]として存在します。そのため、植物が直接利用することができません。これに対して、植物は鉄不足という厳しい環境に適応するための仕組みを進化させてきました。
アブラナ科のシロイヌナズナは、鉄欠乏条件になるとクマリン[2]と呼ばれる鉄と結合する活性(鉄キレート活性[3])をもつ物質を根から分泌し、不溶態鉄を可溶化して鉄を吸収します。鉄欠乏の根の表皮細胞[4]や皮層細胞[5]から、クマリンの一種であるフラキセチンが排出輸送体[6]によって分泌されますが、クマリンがこれらの細胞にどのように集積されるのか、そのメカニズムは長らく分かっていませんでした。
2.研究成果の内容
共同研究グループは、輸送体ファミリーNITRATE TRANSPORTER 1/PEPTIDE TRANSPORTER FAMILY (NPF)[7] の一つで、鉄欠乏条件に置かれたシロイヌナズナの根で遺伝子発現が誘導される「NPF7.2」に着目しました。クマリン分泌におけるNPF7.2の役割を明らかにするために、NPF7.2の機能を失ったnpf7.2変異株を鉄欠乏条件で育てたときのクマリン分泌と個体成長を調べました。その結果、変異株ではクマリン分泌が抑制されており、個体成長も著しく阻害されていることが分かりました。GFPマーカー[8]を用いた局在解析では、NPF7.2は鉄欠乏に応答して根の表皮細胞と皮層細胞に発現することが分かりました。また、これらの細胞におけるフラキシン(フラキセチンの貯蔵形態)の蓄積量が変異株では減少していました。さらに、NPF7.2を発現させた酵母細胞では、フラキセチンを効率よく細胞内に取り込む活性が検出されました。
以上の結果から、NPF7.2はクマリン、特にフラキセチンを根の表皮細胞と皮層細胞に集積させる輸送体として機能し、その働きにより根から土壌へのクマリン分泌、さらには根による土壌からの鉄吸収が促進されることが明らかとなりました。
3.今後の展望
クマリンの効率的な輸送・分泌を強化する技術を応用することで、鉄欠乏に強い作物の開発や、作物の鉄含量を高めて栄養価を向上させるバイオフォーティフィケーション[9]への展開が期待されます。こうした応用は、世界的に問題となっているヒトの鉄欠乏症の改善にも貢献し得るものです。
4.論文情報
【タイトル】The Arabidopsis NPF7.2 mediates coumarin uptake for root iron acquisition
【著 者】Shunsuke Watanabe, Meijie Li, Alice Rossille, Chérhazad Boustani, Kevin Robe, Yuri Kanno, Mitsunori Seo, Christian Dubos
【雑 誌】New Phytologist
【DOI】10.1111/nph.70993
【About New Phytologist】New Phytologist is a leading international journal focusing on high quality, original research across the broad spectrum of plant sciences, from intracellular processes through to global environmental change. The journal is owned by the New Phytologist Foundation, a not-for-profit organisation dedicated to the promotion of plant science. https://www.newphytologist.org/
5.用語解説
[1] 三価鉄
鉄の一種で、水に溶けにくい性質をもつ鉄。地球の地殻の鉄の大部分が三価鉄として存在する。三価鉄は安定している一方で、生物の体内には吸収されにくい。
[2] クマリン
植物が生産する芳香族化合物の一種。フラキセチンなど、一部のクマリン化合物が鉄イオンを水に溶けやすくする性質をもつ。シロイヌナズナなどのアブラナ科植物では、鉄が欠乏した環境で根からクマリンが分泌される。
[3] 鉄キレート活性
鉄イオンを“挟み込んで”安定に結合させる性質のこと。キレート化すると化学的に安定になり、水に溶けやすくなる。
[4] 表皮細胞
根の最外層を構成する細胞。土壌と直接接し、養分吸収などの役割を担う。
[5] 皮層細胞
表皮と中心柱の間にある細胞層。根の内部で物質輸送や貯蔵に関わる。
[6] 輸送体
生体膜に局在するタンパク質であり、膜を貫通し孔を形成することで化合物の移動を仲介する。細胞間あるいは細胞内小器官と細胞質との物質交換には、それぞれに特別な輸送機構が必要と考えられており、輸送体はその一端を担っている。
[7] NPF
硝酸や小ペプチドの膜通過を仲介するタンパク質ファミリー。最近では、重要な化合物を輸送する多機能的な輸送体ファミリーとして注目を集めている。シロイヌナズナには53種類のNPFが存在する。
[8] GFPマーカー
GFP(緑色蛍光タンパク質)を利用したタンパク質可視化の手法。目的のタンパク質に GFP を結合させることで、GFP が発する蛍光を目印として、細胞内でのタンパク質の位置や動きを観察できる。
[9] バイオフォーティフィケーション(biofortification)
作物の栄養価を遺伝的・生物学的に高める技術。鉄や亜鉛など不足しやすい微量元素を、育種や遺伝的改良によって増やすアプローチ。