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琉球大学総合技術部・藤本真悟技術職員らの研究チームによる研究成果が、日本の生態学の学術雑誌「Population Ecology」誌に掲載されました。 |
<発表概要>
① 研究の背景
温帯域の気候には、日長や温度といった非生物的な環境が周期的に変化する特徴があります。環境条件の季節変化は、餌となる資源量や生理的に好適な期間を決めて、成長、繁殖、生存といった個体の特性に大きく影響します。こうした環境への適応の結果、温帯の生物は非生物環境に応答して特定の好適な時期のみ繁殖する「繁殖の季節性」を示すことが知られます。
異なる気候環境において、繁殖の季節性の応答が変化するか調べて、繁殖の季節性をもたらす個体の中での生理メカニズム、あるいはその進化をもたらす背景について様々な知見が得られます。例えば、冬季における寒冷ストレスや飢餓など(冬季死亡*1)が個体の生存に重要な場合、そうした環境の下で適応進化した生物は冬季死亡を減らせるように、繁殖期間の早期に繁殖を集中して、子供の成長期間をできるだけ長く確保するような戦略を取るようになると期待できます。温帯域の中でも高緯度の環境ほど、環境とそれに由来する生理的応答の両面での制約が強まるため、高緯度環境に生息する集団は、一年の中で子どもが新たに生まれる期間(=加入期間)が短くなりやすい、という地理的パターンが期待されます。また、加入期間が短い環境では繁殖の機会も減るので、一回の繁殖イベントで生む子供の数を増やす方向にも同時に進化が生じやすいでしょう。
琉球大学総合技術部の藤本真悟技術職員らの研究チームは、野生動物における緯度と繁殖特性との関連を調べるにあたって、室内での飼育実験で温度や日長に対する生理的応答がよく調べられた日本のメダカ(Oryzias latipes species complex)のミナミメダカ Oryzias latipesとキタノメダカ Oryzias sakaizumiiに注目しました。
② 研究内容
日本列島のメダカの仲間は、沖縄から青森まで広い地域に分布します。その中で、キタノメダカは日本海側を中心に分布し、ミナミメダカは太平洋側を中心に分布します(図1a)。先行研究は、日長や温度など飼育環境を人工的に操作して個体レベルの生理的応答を調べる共通環境実験によって、成長速度や繁殖の季節性、産卵数などがミナミメダカとキタノメダカで遺伝的に異なることを示していました。しかしながら、緯度の異なる野生集団において加入期間や産卵数がどのような地理的変異*2を示すかは、詳しく調べられていませんでした。
加入期間の地理的変異:そこで今回、沖縄(ミナミメダカ)と青森(キタノメダカ)の野生個体を中心に日本列島の6地点から採集して (図1a)、野生個体の繁殖状況を観察しました(図1)。高緯度の青森のメスは沖縄のメスと比べて、月ごとに計測した卵巣重量の季節変化が大きく、繁殖期間にあたる5月から7月に顕著に増加しました(図1c)。また、それぞれの集団の体長組成を調べて、調査した年に生まれた若魚*3の割合の季節変化を計算すると、年間を通じた若魚の割合の平均値は青森の方が小さい傾向にあり、沖縄のメダカと比べて加入期間が限られることを示唆しました(図1d)。



図1. (a) 日本のキタノメダカ(点線)とミナミメダカ(実線)の地理的分布と調査地点、(b) 沖縄と青森の生息地水温の季節変化、(c) 沖縄と青森のメスの生殖線重量の季節変化、(d) 沖縄、千葉、青森における若魚(体長15mm未満として定義)の割合の季節変化
産卵数の地理的変異:さらに、繁殖期間におけるメスの産卵を実際に観察すると、高緯度地域の野生集団ではキタノメダカとミナミメダカという種の違いと無関係に、産卵数が多い傾向を示すことが分かりました(図2)。メダカは体の大きさで産卵数が変わることが知られているため、体長の影響を補正して集団間で産卵数の違いがあるか評価したところ、長崎や沖縄の集団と比べて、より高緯度に位置する青森(Aomori, Hirosaki)や茨城(Kasumigaura, Itako)の集団は、体が大きくなるにつれて産卵数が増える傾向が顕著でした(図2)。これらの結果は(図1c, d, 図2)、高緯度環境に分布するメダカは、気温が低くなる秋冬までの時間が短い温度環境による制約を反映して(図1b)、短い期間に繁殖を集中するような適応進化が生じていることを示唆します。
図2. 日本列島の6地点から得られた野生集団のキタノメダカ(a-c)とミナミメダカ(d-h)のメスで推定した体長と産卵数の回帰関係(黒線)、およびその95%信頼区間(灰線)。同一地点で採集年度の異なるサンプルは別パネルとして示した。
③ 社会的意義
高緯度(寒い地域)に分布する種(または集団)の方が低緯度(暖かい地域)の種より、繁殖期間が短く同じサイズで産卵数が大きくなることはメダカを含む魚類だけでなく、鳥類やトカゲ、昆虫など、様々な生物で広く知られるパターンです。こうした野生集団に見られるサイズ組成や産卵数といった集団特性の違い、あるいは、そのような違いをもたらす進化的背景について知見を蓄積することは、気候変動が進む現在や将来において、地域ごとの野生集団が存続可能かどうか評価する上で重要な基礎となります。
多くの魚類では、気候環境の違いが集団の生存率や繁殖力に大きく影響することが、生態学や水産業などの知見で知られてますが、こうした環境影響では同時に、最大体長など体の大きさの変化をともなうことが多く、体の大きさの変化が原因か?温度に対する生存や繁殖など生理特性の変化が原因か?といった、個体の環境応答の原因になる要素は、野生下の観察だけでは特定しきれない場合がほとんどです。遺伝解析や飼育実験できるメダカは、環境の違いがどのように遺伝的・生理的メカニズムを通じて個体の生存に影響するか評価する上で良いモデルを提供すると言えるでしょう。
<用語解説>
*1: 冬季死亡 Winter mortality
高緯度地域では、冬季における寒冷ストレス(陸域では凍結ふくむ)や飢餓などが、野生動物の死亡の重要な要因となりえます。越冬時における個体の死亡の生じやすさは、体に蓄積された脂肪など栄養量によって変わるため、越冬までに体を大きく十分成長できた個体(≒繁殖期間の早期に生まれた個体)ほど生存しやすくなる傾向を助長します。メダカの場合は、水温10℃を下回ると餌を食べなくなって腸も萎縮することで、成長や栄養蓄積といった生理的状態に水温が直接的に影響を与えることが知られています。
*2: 地理的変異 Geographic variation
進化生態学や生物地理学では、個体が示す表現型の変異を指します。地理的な集団間における表現型に変異をもたらす原因は、環境の違いを原因とする成分と遺伝的背景の違いを原因とする成分の両方がふくんでいると考えますが、野生集団の表現型の観察だけでは、環境と遺伝の相対的な寄与の評価は難しいか、不可能な場合がほとんどです。メダカは遺伝解析や飼育実験で環境影響を操作できるため、環境と遺伝の影響を分離した上で表現型を評価できるので地理的変異を研究しやすい特性を持ちます。
*3: 若魚 juveniles
成長途中でまだ繁殖を開始してない若い個体のことで、本研究では標準体長15mm未満の個体として定義した。メダカは温暖長日な環境下ではおよそ約3ヶ月齢で標準体長20mmに達して性的に成熟して繁殖を開始します。本研究でサイズ組成を調べた調査は1~2ヶ月の間隔で行われており、15mm未満の個体は調査間隔中の繁殖で、新しく加入した個体に対応すると考えています。
<論文情報>
(1) 論文タイトル:Shorter recruitment periods and higher fecundity in high-latitude populations of the Oryzias latipes species complex
日本のメダカ種群で見られた高緯度地域における短い加入期間と高い産卵数
(2) 雑誌名:Population Ecology
(3) *藤本真悟, 村瀬偉紀, 小林大純, Bayu, K.A. Sumarto, 山平寿智 (*は責任著者)
(4) DOI番号:https://doi.org/10.1002/1438-390x.70012
(5) アブストラクトURL:https://esj-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/1438-390x.70012
(6) 注意事項:特になし