研究成果

対立が共存を生むアリの群集生態学 ~同じ環境に多数の種が共存するアリの謎を実験的に解明~

     琉球大学 農学部 辻教授、鹿児島大学連合大学院と国立遺伝学研究所の研究チームによる成果が、米国生態学会誌「Ecology」誌に掲載されました。

     <発表のポイント>
     ◆どのような成果を出したのか:アリは異なる巣の間で激しく競争しているとされてきましたが、実は厳密な証拠がありませんでした。この研究では、巣を生きたまま丸ごと移設できるトゲオオハリアリを対象とし、巣の構成員を個体標識するなど精度の高い”人口”統計データを取得して競争の強さを測定しました。出生について、トゲオオハリアリは同種他種を問わず巣が多い環境では減少し、餌をめぐる競争が起きていることが分かりました。一方、働きアリの死亡率については、餌を集める範囲内に同種の他の巣が多くなるほど加速度的に上昇することが分かりました。計算上、同種間の競争は他種との競争の4.6倍も大きいことが示されました。

     ◆新規性:この論文は3つの点で画期的です。(1)競争の強さをアリで初めて野外計測したこと、(2)種間競争よりも種内競争の方がはるかに強いことを示したこと、(3)その原因は、餌などが種間で異なるためではなく、種内の利己的対立が原因であるとする証拠を提出したことです。

     ◆社会的意義/将来の展望:近年、多種多様なアリが生態系サービスをもたらしていることが明らかになりつつありますが、そもそもなぜ多種のアリが共存するのかは生態学の長年の課題でした。本研究は、アリの多種共存の背景にある、種内で働く力学と種間で働く力学の奇妙な関係を明らかにしました。これらの結果はまた、著者らが近年提出した「種内適応荷重」という新学説を支持するものです。

     <発表概要>
    ①     研究の背景・先行研究における問題点
     アリの多種共存の謎:裏庭の地面をみてください。たぶん多数のアリ種が共存しているでしょう。生態学の理論では、利用する餌や棲み場所などの資源が似ている種は共存できないとされています。これを競争排除則といいます。しかし、アリは同じ環境に多数の種が共存するのが普通です。しかも、みな雑食で地面に穴を掘って生活しているため、利用資源が重複しています。なぜ競争力の強いアリ種が、弱いアリ種を駆逐しないのでしょうか? これは競争排除則に反するようにみえる生態学上の謎でした。
     競争排除則の厳密な実証テストには、競争係数の測定が必要です。競争係数とは、生息環境における同種および他種の密度が再生産に与える負の効果の指標ですが、かみくだいて言えば、同種や他種が周囲に多くなると出生率の低下や死亡率の増加をまねくことを示すものです。しかし、動き回る動物ではフィールドでの競争係数の計測は至難の技です。そして、アリではこれまで競争係数の実測データは皆無でした。
     しかし沖縄のトゲオオハリアリ(写真)にはこの問題に対するブレイクスルーがありました。巣を生きたまま丸ごと何度もトラップできるのです。竹筒をトラップとして土に半分埋めておくと、野生コロニー(巣を単位にしたアリの家族共同体)が自発的に引っ越してくるので、巣を丸ごと生捕りにできるのです。しかも任意の場所に移植も可能です。採集時に全成虫に油性ペンで個体標識し、ブルード(卵・幼虫・蛹)の数量も記録しておけば、2回トラップした間の働きアリの羽化と死亡、そしてブルードの増減もかなりの精度でわかります。このような生死情報を人口統計(demography)データとよびますが、これをアリで、しかも野外計測できるのはほとんど奇跡です。ちなみにこの方法は、40年以上前に琉球大学の理学部に在籍した福元さんという大学院生により開発されました。また、トゲオオハリアリは巣から半径5mの範囲で大半の餌探索をすることが先行研究で知られていました4。したがって、この「採餌圏」を徘徊する非巣仲間のアリが競争相手になると考えられます。これら競争相手の密度がトゲオオハリアリの人口統計データに与える影響を分析すれば、競争係数が実測できるかもしれません。

    トゲオオハリアリ

    ②     研究内容(具体的な手法など詳細)
     トゲオオハリアリは、調査地となった那覇市のある公園では、アリの総生体重の約8割を占める最優勢種でした。しかし同時に多くの他種アリとも共存していたました。トゲオオハリアリを含むもっとも個体数の多かった7種のアリに対し、ツナ・砂糖水・ミールワームを野外で与えたところ、全種がどの餌もよく食べました。炭素と窒素の安定同位体分析からも、餌が種間でかなり重複していることが示唆されました。「餌の食いわけ」では種の共存は説明できそうにありません。
     次に竹筒トラップで競争係数の測定を試みました。調査地内のさまざま場所にトゲオオハリアリの巣を1週間移植し、その間の人口統計データの変化を記録しました。1週間後の巣回収直後に「採餌圏」に落とし穴式のトラップをまんべんなく多数設置し、採れたアリの密度も調べました。トゲオオハリアリについては他巣の位置も記録しました。
     結果は興味深いものでした。同種であれ他種であれ、採餌圏内での他巣の働きアリ密度が高ければ高いほどトゲオオハリアリのブルードの生産(出生)にブレーキがかかっていました。ブルードの生産は餌の量に左右されるはずですから、これは種内でも種間でも餌をめぐる消費型競争があることを示唆します。餌資源はやはり重複していたのでしょう。一方、死亡率に注目すると、トゲオオハリアリの働きアリの死亡率は採餌圏内の同種密度だけに強い負の影響を受けており、他種の影響はありませんでした。アリの行動がこれをよく説明します。前述のようにトゲオオハリアリは採餌中に出くわした同種非巣仲間とはしばしば死ぬまで闘いますが、他種アリと遭遇しても避けるだけなのです。さらに興味深いことに、同種の影響を詳しく調べると、採餌圏内の同種他巣の数が増えれば増えるほど加速度的に死亡率が上昇していることがわかりました(密度依存的超過死亡)。これもトゲオオハリアリの行動がよく説明します。このアリは、自巣から約2m以内に同種侵入者に入られた時にだけ激しく攻撃するのです。したがって、闘争による死亡は採餌圏内に同種他巣が多いほど高頻度で生じると考えられます。出生と死亡の両方を加味した競争係数は種内係数が種間係数の約4.6倍あると推定されました。これは群集生態学の古典種間競争モデルの共存条件を支持するものです。このように種内競争係数の方が種間競争係数より大きいのは、消費型競争(餌の奪い合い)は種内でも種間でも起こるものの、干渉型競争(闘争)はもっぱら種内でしか生じないことがその理由であると考えられました。
     残念ながらトゲオオハリ以外のアリ種の人口統計データをとることはまだ技術的に叶いません。そのデータがないと競争排除則の真に厳密な検証はできないのです。そこで餌を同じくするアリの種間競争の数理モデルを作り解析しました。こうして作成したモデルでは、優勢種にだけ密度依存的超過死亡が働くと、それがない場合は駆逐されてしまう劣勢種との共存が実現することがわかりました。

     でもなぜトゲオオハリアリはこのように同種だけを特に警戒するのでしょう。実は、トゲオオハリアリには種内寄生的行動が蔓延していました。同種に対しては、しばしば近くの巣に侵入し、蛹を奪い、羽化したら労働力にするのです。この「種内奴隷狩り」への対抗適応が闘争行動であると考えられました。この状況でどんな行動が進化しうるのかを包括適応度という理論で解析したところ、巣から約2m以内の距離に入られたときにだけ同種侵入者を攻撃するという実際のパターンが定性的ながら再現されました。包括適応度理論の予測は、近くに接近した同種非巣仲間は多大なコストをかけてでも排除しないと種内競争(遺伝子プール内での遺伝子間競争)で生き残れないことを物語っています。

     しかしながら、少し俯瞰すれば、巣仲間を守るべく生じるこの避け難い対立が、結果的にトゲオオハリアリの密度を抑制し、他種アリとの共存を促していると考えられました。

    ③ 本研究の意義
     アリでは種内でも種間でも強い競争が働いているという古典学説がありました。しかし一般に、野外の動物集団で競争の強さを計測することは非常に困難です。本研究では、野生のアリのコロニーを丸ごとトラップで生捕りにするという方法でこれに成功しました。競争の強さを厳密に測定することは、アリでは世界初です。競争の強さは、競争係数という指標で表されます。これは、同種や他種の個体が周囲に多くなると、出生率の低下や死亡率の増加をまねくことを示す指標です。今回のデータから、種内競争係数が種間競争係数の約4.6倍であると推定されましたが、これは生態学の古典理論の多種共存条件にあてはまります。
     近年、多種多様なアリが生態系サービスをもたらしていることが明らかになりつつありますが、そもそもなぜ多種のアリが共存するのかは生態学の長年の課題でした。本研究は、アリの多種共存の背景にある、種内で働く力学と種間で働く力学の奇妙な関係を明らかにしました。あるアリ種が環境で優勢になると、そのアリ種に属する個体にとっての日々の死活問題は、巣や縄張り、子を奪う同種侵略者への対策になりがちです。それへの対抗手段である種内闘争は、「種の繁栄」にはむしろマイナスでしょう。しかしそのことが、結果的に多種共存をもたらしているという仮説の正しさが、一例ですが示されたのです。

    ④ 今後の予定など
     これは画期的ながら1つのアリ群集だけの結果ですので、世界の他のアリ群集でも追試が望まれます。また、本研究では否定した共存していたアリ種が餌を食い分けている可能性も、より精密な検討が必要でしょう。琉球大学の辻教授の研究室では、今後アリの腹の中で消化中の餌のDNAに注目することで、餌メニューが種間で違わないか、という点をさらに詳細に検討する予定です。

    引用文献
    1.     Yamamichi, M., D. Kyogoku, R. Iritani, K. Kobayashi, Y. Takahashi, K. Tsurui-Sato, A. Yamawo, S. Dobata, K. Tsuji, and M. Kondoh. 2020. Intraspecific adaptation load: a mechanism for species coexistence. Trends in Ecology & Evolution 35:897-907.
    2.     Hölldobler, B., and E. O. Wilson. 1990. The Ants. Harvard University Press, Cambridge, MA.
    3.     Fukumoto, Y. 1983. A new method for studying the successive change of colony composition of the ants in the field. The Biological Magazine Okinawa 21:27-31.
    4.     Uematsu, J., M. Hayashi, H. Shimoji, M.-O. Laurent Salazar, and K. Tsuji. 2019. Context-dependent aggression toward non-nestmates in the ant Diacamma sp. from Japan. Journal of Ethology 37:259-264.

    <論文情報>
    (1)    タイトル:Measuring competition coefficients in an ant community: Implications for intraspecific adaptation load
       (和訳)アリ群集における競争係数の測定:種内適応荷重への示唆。
    (2)    雑誌名:Ecology
         著者:植松潤平1、山道真人2、辻和希(瑞樹)1、3*  
       * Corresponding author
        1 鹿児島大学連合大学院連合農学研究科
        2 国立遺伝学研究所
        3 琉球大学農学部
    (3)    DOI番号:10.1002/ecy.70274
    (4)    論文URL:https://doi.org/10.1002/ecy.70274