平成18年度学部入学式
告  辞
 
 本日ここに、関係者の皆様方の御臨席のもとに、めでたく平成18年度琉球大学入学式を挙行するに当たり、新入生の皆さん並びに御家族の皆様方に対し、心からお慶びを申し上げます。宿願を果たされた新入生の皆さんの、これまでのたゆまぬ努力と、皆さんを支えてくださった御家族及び指導に当たられた先生方の御苦労に対し、改めて敬意を表する次第であります。
 琉球大学が本日迎えます新入生は、学部1,648名、大学院修士課程295名、博士課程57名、専攻科8名、法務研究科専門職学位課程30名、計2,038名であります。なお、大学院の入学式は本日午後2時から大学会館において行われることになっています。 
 皆さんを迎え入れるに当たり、大学とは何か、どのようなところであるかについて、手短に紹介したいと思います。
 「大学」という名称は中国の周(紀元前十世紀頃)代以降、王者のたてた最高学府の名として使用されていて、わが国でも平安時代にその用例があると国語辞典にありますが、現在私たちが理解している意味内容の“大学”という呼び名は欧米に範を求めて明治19年に制定された「帝国大学令」で公的に認知されたものと考えられます。明治19年に刊行され、当時の学生達に広く読まれた坪内逍遙の『当世書生気質』にも大学という語の用例が見えています。
 英語のUniversityは14世紀の初め頃フランス語のUniversitéから出た語であり、ユニヴェルシテというフランス語の語源はラテン語の?NIVERSIT?Sであり、このウニヴェルシタスというラテン語は全体、完全にまとまったひとつのもの、という意味であったが、後期ラテン語になりますとSoliety、guildの意味、すなわち社会、ギルド、同じ職業の者たちの組合の意味になります。ウニヴェルシタスいう語がラテン語で ?NIVERSIT?S magistrorum et scholarium教師と学生の
society,guildという意味を持っていました。中世になりますと、宗教団体が設立し、王権の保護下にあった「学校」の意味になり、そして今日高等教育機関として世界的にはしばしば単科大学と区別して総合大学の呼称となっています。
 日本語の「大学」という名称は、明治時代の人々が苦心して
philosophyを哲学、physicsを物理学と訳した場合とは異なっています。近代日本の「大学」はヨーロッパの大学制度にその範を取っていますので、Universityの本来の意味が教師と学生のGuild,Society,知の共同体であることを大学の性格が質量ともに大きく変容しつつある今日、あらためて思い起こす必要があります。
 では、大学はいかにあるべきか、大学の使命は何か、大学の理念とはどのようなことかという問題については特に20世紀の産業社会との関わりにおいて多くの議論があり、また第二次世界大戦中ヒトラー・ナチスのイデオロギーが大学内にも持ち込まれて伝統的な大学像が崩壊したという苦い経験を持つドイツでは戦後あらためて大学の理念が問われ、哲学者カール・ヤスパースの提唱した理念−「大学の使命は学問とその教授」にあり、この理念に立ち帰り、この理念に徹し、この理念を守ることが強く主張されましたが、今日ではヤスパースのこの理念を幻想であると批判する人々もおります。科学技術の進歩とともに発展した産業社会の需要に答えるためには、これまで一部エリート層のための「学問とその教授」による教養人の養成という理念は職業準備教育の必要性の前に薄められるか、後退する状況が大学に発生したからです。世界的現象として大学への進学率はここ約四十年の間に急速に上昇し、わが国においても1960年頃進学率は18歳人口の11パーセント程度でありましたが、御存知のように今日では大学進学率はおよそ50パーセントであります。米国の社会学者マーチン・トロウ教授による大学の変化過程理論は今日たいへん注目されていますが、トロウ教授によると、大学は進学率15%まではエリート型、15%以上50%まではマス型、50%以上になるとユニバーサル型と分類されています。
 ユニバーサル型というのは万人、多数の人々に開かれた大学という意味であり、米国の大学が相当し、昨年あたりから日本の大学もユニバーサル型ということになります。
 ここで、この3つのタイプの大学の特徴についてお話しする時間的余裕はありませんが、わが国の大学がここおよそ40年の間に量的にも質的にも大きく変化していることは周知の事実であります。量的に増大した学生達はその進学動機、学習意欲、生活意識において多様化し、この多様性は大学に質的変化を与えています。一例をあげますと、かつて大学の理念であった「学問とその教授」という傘の下で大学は「孤独と自由」を享受していたが、今日では「競争と評価」にさらされていると言われています。
 たしかに、今日、カール・ヤスパースのいう大学の理念のみでは括りきれない機能を大学は持っています。第一に研究の推進と後継者の養成、第二に将来職業に就くための準備教育、第三に幅広い教養教育、第四に産学連携、公開講座等によって社会へ貢献すること、以上4つの機能を持っていると言われています。
 このように大学は変わりつつありますが、知の共同体としての理念を見失ってはいけません。大学は研究と教授を使命としている教員、学生、教員と学生を支える事務職員の3つのグループから成るソサイエティであり、それぞれの職務に精励することによって成り立っているところであります。この度、入学を許可された皆さんがこの知の共同体の一員として勉学にいそしみ、責任ある大学生活を送るよう願ってやみません。
 本日は御父母の方々も数多く御出席くださっておりますので、あえて申し上げます。平成16年度の調査によると、本学に在学しています1年次から4年次までの全学生7,008名のうち、1年間に16単位以上取得できず学業成績不振ゆえに除籍される者が106名、経済的理由で退学する者61名、その他の理由で退学する者4名、計
171名が除籍もしくは退学となっています。171名は全学生数の2.4%です。ただし、そのうち再入学する者が74名いますので、差し引き97名の学生が学業中途で挫折していることになります。このことは、本学にとりまして、極めて重大な問題であり、問題解決のために現在努力しているところです。
 経済的理由で退学する学生は学業成績も大変悪い状態にあることが解っています。このことはアルバイトに時間を取られて勉学の時間が犠牲になっているものと推察されます。
 経済的理由で就学困難な学生は、日本学生支援機構の奨学金制度を活用してください。同機構の奨学金制度には第1種と第2種があり、二つ併せて利用することができます。特に第2種は採択率が高いので活用してください。日本学生支援機構の奨学金を活用すればアルバイトをする必要はなく、勉学に専念することができます。さらにまた、奨学金を得て、大学で学ぶことは早くも学生時代から親がかりでない自立の精神を養うことにもなります。
 専攻分野とのミス・マッチも深刻な問題です。入学してみたら予想とは違っていた、と皆さんの中には失望したり、悩んだりする者が少なくありませんが、その場合には指導教授、あるいはそれぞれ相性の良い先生と遠慮なく相談してください。学問も恋愛と同じですのでミス・マッチは必ず解決してください。
 本日めでたく入学式を迎えた新入生の皆さんが4年後、医学科にあっては6年後、どのような成長をとげて、いかなる若者として本学から巣立っていくのかということについて、私は学長として毎年この席で次のような期待を述べています。 どうか皆さん、卒業する時には3拍子揃った若者として実社会へ、あるいは大学院へと巣立ってください。私の言う3拍子というのは第一に専攻分野の基礎知識、第二に教養、第三に外国語(特に英語)の運用能力、この三つの要件のことです。専攻分野の基礎知識は大学で学ぶ以上、当然のことですので、今ここでは側においておくとして、問題は教養を身につけるということです。教養とは何でしょうか。いろんなことをたくさん知っているというような単純なことでないことは皆さんお解りでしょう。わが国の中央教育審はその答申『新しい時代における教養教育の在り方について』において、「教養」とは何か、との問いに対して次のように答えています。「教養とは、個人が社会と関わり、経験を積み、体系的な知識や知恵を獲得する課程で身に付ける、ものの見方、考え方、価値観の総体」であると。きわめて抽象的な表現になっていますが、わが国の伝統や文化に対する理解、国際化時代を迎えての異文化理解、情報化時代への対応能力、日本語による表現力、等々がより具体的に示されています。
 教養を身につけるにあたって私が特に強調したいのは「礼儀・作法など型から入り、身体感覚として身に付けられる『修養的教養』の重要性です。一口に言ってマナーを身につけるということです。学生時代、学業成績が優秀であった者でもマナーを身につけていない者は組織の中では脱落する、とある有名な会社の社長は明言しています。教養ある人間としての「修養」の必要性は明治時代すでに新渡戸稲造によって強調されています。新渡戸稲造は今日『武士道』の著者として改めて評価されつつありますが、新渡戸稲造のいう「修養」のキーワードは質素、勤勉、克己、礼儀、約束等です。実は、これらのキーワードはわが国の武士、サムライのモラルのキーワードの一部なのです。
 終りに、皆さんが本学を卒業する時には、外国語の良く出来る学生、豊かな教養と専門分野の基礎知識をしっかり身に付けた学生、即ち、3拍子揃った若者として巣立つことを心から願いつつ、歓迎の言葉といたします。
 
          平成18年4月5日
国立大学法人 琉球大学長  森 田 孟 進