琉球大学学報 January2000

『琉球・海外交流史の跡』

福建市民政府による碑
衙門跡
▲福建市民政府による碑(左)と福州市安小学校として利用されている衙門跡(右)

 かつて琉球王国時代の進貢船や接貢船が、福建省の福州市に着くと、乗組員一行は、柔遠駅(琉球館)という琉球専用の施設に入って旅装を解いた。

 琉球から福州を目指して航海してきた船は、江の河口に浮かぶ五虎という岩礁を右手に見て川石島との間を進む。ここで江は、まるで瓶のふたのように河口を塞ぐ琅岐島・行洲という大小二つの島によって水路を南北に二分される。琉球からの船は北側から流れをさかのぼり柔遠駅に向かった。

 南北二つの水路は亭江という所で合流しているが、このあたりは江の河口域では、川幅がもっとも狭くなっており、向こう岸がすぐ見える。そのため福州の喉仏とも言われている。この地理的な条件を生かして、ここには福州港に出入りする船舶の検査をする役所が置かれていた。安巡検司衙門は、琉球からの進貢船や接貢船はもちろん、福州港に出入りする船のチェックをする機関で、宋代に築かれ清代に改築されたと言われている。

 現在は安小学校になっており、木造の衙門の建物や石作りの桶などが、当時のまま残されている。また、役所の庭園だった所は、小学校の校庭として利用されており、その一角にはガジュマルの巨木がそびえている。庭やその周辺には、陶器や磁器の破片が散乱しており、掘るとすぐにでも文化財が出てきそうな雰囲気に満ちている。近くには古い民家と市場も残っており、琉球との関係を知るうえでも、さらに詳しく調査してみたい魅力的な所である。

法文学部教授 上里賢一
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