1. ホーム
  2. 琉球大学への期待- 沖縄を牽引する大学としての役割 ー

琉球大学への期待
- 沖縄を牽引する大学としての役割 ー

2016年11月09日掲載


株式会社琉球銀行取締役頭取(琉球大学後援財団理事長、琉球大学経営協議会委員)

金城 棟啓 様

   ×

琉球大学学長

大城  肇

・平成28年8月31日(水) 琉球銀行本店にて

◆琉球大学のミッション

大城ー 金城頭取には後援財団の理事長もしていただいていますし、経営協議会の委員でもございますので、琉球大学のミッションはご存じだと思いますが、一応説明させていただきます。

 今年度から6年間、国立大学86大学は、それぞれの機能強化に応じた取組によって、運営費交付金について「重点支援①、②、③」いう3つの支援の枠組が設けられましたので、琉球大学は重点支援①に手を挙げました。重点支援①は「主として、地域に貢献する取組とともに、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で世界・全国的な教育研究を推進する取組を中核とする国立大学」ということで、いわゆる地域貢献型大学です。86大学のうち55大学が、ここに入っています。九州では、九大、福岡教育大、九州工業大、鹿屋体育大以外はこちらに分類されています。重点支援②は「主として、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で、地域と言うより世界・全国的な教育研究を推進する取組を中核とする国立大学」。九州ですと、福岡教育大や九州工業大、それから鹿屋体育大などの15大学がこちらに入っています。重点支援③は、「主として、卓越した成果を創出している海外大学と伍して、全学的に卓越した教育研究、社会実装を推進する取組を中核とする国立大学」。いわゆる旧帝大を中心とした研究大学です。東京大学、京都大学、九州大学、広島大学、一橋大学、筑波大学など16大学です。琉球大学は地域貢献型ですから、沖縄の特色を出しながら、地域にどう貢献していくかというところが大きなミッションになっています。

 実は、地域貢献は、琉大にとっては創立時からのミッションでした。創立時にミシガン州立大学の指導で、研究普及部をつくっています。当時、日本の大学には無かった仕組で、研究成果を地域に還元するために、今でいうサテライトである那覇エクステンションセンターとか、あるいは奄美の大島分校などが設置されました。そこで農業技術を指導したり、あるいは栄養学を指導したりしていたんです。それから、英語教育であるとか教員の講習とか、そういったことをやっていました。もともと、地域貢献活動を日本復帰前の1968年頃までやっていたんです。Land Grant UNiversityの伝統が根づいていました。

金城ーそうでしたか。 以前、学長にお話ししたんですが、琉球銀行はBank of the Ryukyus。琉球大学はUniversity of the Ryukyus。どちらも“Ryukyus”と複数になっています。これは、「琉球列島」の銀行であり、大学であるという意味なんですね。地域に貢献する、地域のためにある大学であり、銀行であるというところで、琉大と琉銀の生い立ちが似通っています。

大城ー 琉大は、戦後、沖縄の復興は教育からという県民やハワイの沖縄県人会の熱い要望をうけて設立されました。1950年5月22日が創立記念日ですが、最初の学生便覧に「本大学は日本のものでもなく、アメリカのものでもない。これは琉球諸島の人々の役に立つ学府」であるという趣旨の文章があるんです。頭取がおっしゃるように、琉球アイランズ(islands)のための大学という使命をもっていました。

左から大城学長、金城頭取

左から大城学長、金城頭取

◆沖縄の将来と人材育成

金城ー 戦後、沖縄が復興していく中で、沖縄は島嶼県であるがゆえのマイナス面が大きかったんです。つまり、輸送コストがかかる。電気料金は高い。台風は来るし、水はない。こんな所で産業なんか育つはずがないという不利な条件がありました。こういった島嶼県の大きなマイナス面は確かにありましたが、ここ2、3年ぐらいから随分変わってきましたよね。今の沖縄は、全国的に見ても経済が好調というか、景気がいい。日銀短観で、プラスの46、それから39というのも非常に高い数字なんですね。沖縄だけ他府県と比べて人口も増えていますし、実に特異な地域になってきています。

大城ー そういう意味ではいいチャンスかもしれませんね。現在、沖縄振興計画は5年の折り返し点に来ていますが、環境条件も変わってきておりますし、次のステップとして、従来型ではないものを目指してもいいのではないかと思っているんです。

金城ー 沖縄を日本の端っこ、西南端というふうに考えるか、アジアの中心と考えるかによって、全く発想が変わってきます。今、アジアが発展してきて、人口も増えて、経済力も付いてきている。そうすると、今まで活発でなかった人の交流、物の交流、貿易、これがすごく盛んになってきます。その中心に実は沖縄があるということです。重力モデルという考え方があって、重力というのは、距離が近ければ近いほど、引力が強くなる。インバウンドで観光客が、東南アジアを含めて大勢いらっしゃっています。この流れというのは、一過性ではない。そういう中でアジアにおける沖縄の位置付けが変わってきます。視野を東京・北の方ではなく、南のアジアに向けて、その中で沖縄の位置付けを考えていくべきであると思います。

 私が抱く沖縄が目指すべきところは、ハワイとシンガポールを足したイメージなんです。シンガポールは、建国してまだ50年ちょっと。たかだか50年ぐらいの間に、これだけ経済発展しました。建国時、資源も何もないところで目指したのは、やはり人造りだったんですね。まず人を育てるということで、教育を含めて随分大きな改革をしたし、非常に効率的に物事を考えて、人、物、金、情報が集まるような社会システムをつくっていきました。それともう一つ、観光といえばハワイです。

大城ー 観光客数から言えば、沖縄はハワイを抜いているかもしれませんが、いろいろな仕組、質的なものを含めると、まだまだ見習うべきところがあると思っています。

金城ー 私どもは、3年半前に、琉球大学の大学院を出た中国人を1人入社させたんです。彼女は次のステップを目指してアメリカの大学で勉強するために、この8月末に当行を辞めてサンフランシスコに行きました。3年半、コンサルティング営業部と証券国債部で働いてもらいましたが、とてもいい子でね。最後はあいさつに来てくれましたけど、ぼろぼろ泣いていましたね。大変いい経験になった、またぜひ沖縄来たいと言っていました。

 彼女が琉球銀行に入りたいと希望したとき、こんなに当行に入りたいと望んでいて、成績も優秀なら断る理由は何もない、ぜひ雇おうということになりました。入社したら、一生懸命頑張っていました。やはり目指すものが、次のステップに進みたいという思いがあったからでしょう。おそく将来は、日本と中国、沖縄と中国の橋渡しとして帰ってくると思います。

 私は、若い頃は海外に行ったことがなかったんです。この年になって、海外に行くようになって思うことは、若いときにいろんな国を経験して、世界の広さ、逆にまた狭さであるとか、さまざまな考え方のある世界、ダイバーシティを体験すべきだということです。そして、沖縄に帰ってきて、そういう経験を生かして沖縄のために何か貢献してほしい。ずっと沖縄にいたら、どうしても発想も含めて発展性がないという気がするんです。

大城ー 今、グローバル化に対応したグローバル人材の育成をどの大学も目指していますが、沖縄には沖縄独自のやり方があるんじゃないかと考えています。沖縄県系人のネットワークを使って、さっきもおっしゃったように、一番近いアジアに学生を送って、そこで学んで更にネットワークを広げてくれればいいなと思っています。

 今年の5月に琉球大学の台湾事務所をつくりました。沖縄県産業振興公社の事務所に入れていただいて、職員もまだ置いていないんですが、さっそく交流協定を結びたいというお話があり、国立台南大学と台湾の西にある澎湖諸島の国立澎湖科技大学と協定を結ぶことになりました。澎湖科技大学は観光と海洋生物が得意分野です。以前、訪問したときに、学生が全て企画して迎えてくれたんです。学生が自分たちで料理して、ちゃんと制服を着て、カクテルを渡してくれたりと、もてなしてくれました。国際会議もあって、私はそこで基調講演を頼まれていたんですが、それも全部学生がオーガナイズしていました。そのまま社会に出しても即戦力としてすぐ使えるような人材です。必ずしも、技術的に即戦力となる人材を育成すべきだというわけではありませんが、それも含めて、本学の観光科学科が見習うべき点が多々ありました。しかも、澎湖島は小さい島なので、島の出身の学生が多いかと思ったら、島の出身は2割ほどで、ほとんどは台湾本土から来ていました。それだけ魅力があるということでしょう。学生交流によって、互いに刺激を受けることができると思います。

金城ー 今、インターンシップというものの見直しがされていて、短期のものから、2週間、もっと長期的な形で考えていこうということと、現場の実体経済の企業ニーズと大学のニーズを結び付けるような動きがありますが、当行は、インターンシップの中身をいろいろと趣向をこらして、これまでもバージョンアップをしてきています。今回は、インターンシップのカリキュラムを変えるという試みをしているんです。

 まず、人材開発室の担当者がやったのは、経済を切り口に琉球の歴史、そして、戦後の沖縄の発展を学ぶカリキュラム作りです。学生向けに戦後沖縄経済史みたいなものを作っています。学生も琉球の歴史は、聞き知っているかもしれませんが、もうちょっと体系立てて、経済を中心に琉球・沖縄の歴史というものを見てみようということです。そして、戦後どういうふうに発展し今に至るかというところを学ぶ、カリキュラムを一つ組んだということなんですね。地元沖縄で働くこと、また働きがいについてあらためて考えようという場を提供して、就業意識の向上につなげるという形です。

 二つ目は、これが面白いんですが、アクティブラーニングを取り入れていること。従来のインプット型の講義形式が大半というものでなく、学生が考える主体となって、アウトプットするというアクティブラーニングを取り入れて行いました。これは僕も見ていたんですが、証券国債部で資金運用を考えるときに、例えば株式であれば、業態とか業種とか銘柄とか、いろんな会社の株をどういうふうに組み合わせてリスク分散を図っていくかというポートフォリオという概念があります。その運用業務の教育ポートフォリオを、学生たちにグループごとに、自分たちで考えて作らせたんです。作るだけで終わったんですが、私としては、今後は最初にポートフォリオを作らせて、2週間の間に実際の株価の動きでパフォーマンスがどうなったかを最後まで見て、グループで競わせたらもっと面白いんじゃないかなと、真剣度が高くなるんじゃないかなと、そういうふうに考えています。

 三つ目は、銀行でやっているライフプランセミナー。子どもが生まれ学校に通い、住宅を建て、定年退職して、年金をもらってという過程。人生におけるライフプランの設計を学生にさせてみようというものです。ライフプラン営業のケーススタディを実施して、設定した家族に対して、どうアドバイスをするかということを考えてもらいました。これも初めてやったんです。

 四つめは、これも面白いんですが、営業店に行って、銀行の業務を学ぶだけではなく、実際に銀行が取引している法人取引先へ出向いて、そこの社長にヒアリングをするんですよ。会社の名前の由来とか、歴史とか、どういう仕事をやっていますかとか、学生が企業の社長にいろいろインタビューをするということですね。今回43名のインターンシップを受け入れて、実際に38店舗で行っています。こういうふうに銀行においても旧来のインターンシップの中身をバージョンアップして、良いものにしようと努力しています。

大城ー 2週間のメニューとしては本当に素晴らしいですね。ありがとうございます。

 インターンシップが始まった頃、もう20年くらい前ですけど、琉球銀行に学生を預かっていただきました。その頃、私のインターンシップのイメージは、銀行はどういう業務をしているのかということを本店の各部を日替わりで見て、あるいは支店に行って見てということで終わるものというものでした。ところが、琉銀の人事課では独自のプログラムでやりますと言っておられたのが記憶に残っています。

金城ー 昔と違って、今は人手不足で売り手市場になっているんです。企業の方は人が欲しい、でも人がいないという状態になってきています。銀行でも、処遇を改善するとか対策を考えなければならない、そういう危機感を持っています。そのような中で、インターンシップは学生にわれわれ企業を知ってもらう良い機会になるということで、今後、企業はより積極的にインターンシップを受け入れていくと思うんです。

大城ー インターンシップで実際に業務を経験し、社会体験ができるのは学生にとって大きな意義があります。職業の選択肢を増やす意味でも積極的に活用してほしいですね。

◆チャレンジを支援する

金城ー 学長はよくご存じだと思いますが、今、マイナス金利政策で貸し出しの利回りは低下しています。しかし、今の日本の現状は、金利が低いからといって、簡単に資金余剰は起きない。デフレを脱却して、物価がプラス2パーセントぐらい上がるというのは、ほど遠い感覚になっていますね。

大城ー 若い人たちの所得も低下していますし、右肩上がりではありませんからね。金利が低いからといって、払える見込みがなければ、どしどし借りたりはしませんね。

金城ー おっしゃるとおりです。企業も将来が明るくなければ、銀行からお金を借りて設備投資をしようという意欲は持てないんです。それで、私どもが今やろうとしているのは、アントレプレナー支援です。会社を興す、企業を興していく人たち、そういったマインドを持った若い人たちをサポートして応援していこうという試みです。

 先日、沖縄市の一番街で、沖縄市がつくったスタートアップカフェのイベントで、参加者の方の話をききました。「世界に名だたる企業は、日本という国を将来があんまりないというふうに見ている。日本の若い人たちを見て革新的なイノベーションを起こすような技術とか、そういう事はあまり期待できない。だから、日本にお金をつぎ込んでやろうとは考えない。」と。でも、沖縄は違うと言われました。それは、若者が沖縄にどんどん移り住んでいる。また、さまざまな考えの人たちがアジアで増えていて、今、ここ沖縄に集中してきていて面白い場所になっていると言っていました。スタートアップカフェでは、3Dプリンターとか、そういったものを置いて、低料金で使用させています。ある程度予算を用いて、安く使えるような環境をつくってやれば、若い人たちが来ていろんなアイデアを出していく。自分たちでいろいろなものを作っていく。もの造りが生まれます。その辺も、実は総合大学である琉球大学でやってみたら面白いんじゃないかと思いますね。

大城ー そういう意味で、第3期中期目標期間のキャッチフレーズとして、アクティブシンクタンクとしてイノベテーティブな大学をつくることを言っております。沖縄の子どもたちの発想自体は面白いと思いますし、大学には多様な人材が集まりますから、こうでもない、ああでもないとい議論をしている中から新しい価値が生まれてくるのではないかと思っています。大学発ベンチャーはなかなか成功していませんが、本学には在学中に起業して成功している学生がおります。これからも、彼らに続く学生ベンチャーが増えることを期待しています。

◆ガバナンス改革

金城ー 当行では、観光産業科学部長の下地芳郎先生に、社外取締役としてご参加いただき、取締役会の中でいろいろご意見をいただいています。社外の取締役や社外の監査役がいて、ちゃんと銀行に対して外部の視点からご意見を言っていただく必要があります。銀行も含めて、日本の企業は、今、ガバナンスが問われています。

 そういう意味では、大学もそうですね。大学改革というのは、まさにガバナンス改革ではないでしょうか。

大城ー おっしゃる通りです。今回の企画もそうですが、外部の意見を大学経営に生かそうという趣旨で、できるだけ外部の意見を伺うことが重要だと考えています。

金城ー 日本全国は、人口がどんどん減少していく。しかも、地方では人口減少が激しい。そういう中で、問われているのは、銀行はどうやって生き残っていくのか。生き残りを賭けたビジネスモデルは、本当にこれまでのビジネスモデルで大丈夫なのかということを問われているんです。

 沖縄経済は、今は好調で当てはまらないんですが、じゃあそういう危機感はないのかというと、いずれ沖縄も人口が減少するし、景気というのは波がありますから、低迷するときがやって来ます。そういうときが来ても慌てないように、しっかりと改革を進めていかなければならない。そういう意味では、危機感をいかに共有するかということが大切です。だから私は、琉球大学の経営協議会に出て大学の先生と話していて感じるのは、人口減少の中で、大学も経営という観点から、さまざまな改善・改革を進めないといけないということです。そういう危機感を学長も持つし、他の教授の方々も経営の観点から危機感を持てるかどうかというところが、一つの大きな課題かもしれません。

大城ー そのとおりです。人材を育成することが、大学の大きな機能のひとつで、これからの新しい社会のニーズ、地域のニーズに合わせた人材を育成しないといけないわけです。そのために、改革が必要ですし、魅力のある組織をつくっていこうと、教員にも考えてもらっているんです。しかし、教員は自分たちの、研究の視点でしか考えないところがあります。そうではなくて、「学生の立場で何が必要か考えてください。教員はあと10年もすればいなくなりますが、学生はその10年でだいぶ差がつきます。だから10年先、20年先を考えた組織を考えてください。」とお願いするのですが、なかなか進みません。最初はそうしましょうと言って始まっても、議論するうちに、今がベストだ、なぜ変えるんだという意見が出てきます。大学では、学生が主人公なんですが、教員は自分が主人公だと思っているふしがあります。大学全体で危機感を共有して改革を進め、地域から信頼され求められる大学となるためにも、ガバナンス改革は必要だと痛感しています。

◆琉球大学への期待

大城ー いろいろと興味深いお話を伺ってまいりましたが、そろそろ時間となりましたので、最後に、琉球大学の卒業生として、また経営協議会委員として、本学へ期待することがございましたらお聞かせください。

金城ー やはり沖縄県における琉球大学の存在というのは、ものすごく大きくて、他の大学とは全く違うんです。8000名の学生がいて、800名の先生方がおられて、その影響力も含めて、地域社会からの期待もすごく大きい。最近は、経済界・企業との連携がますます増えてきましたね。これを実現化していく中で、もっと沖縄を変えていけると期待しています。

 私は沖縄というのは、先ほどお話ししたように、日本の西南端という考えから、アジアの中心というふうに、位置付けが変わってきたと思います。日本がやろうとしていることは、沖縄を目指しているのではないか。つまり、昔、産業構造の問題があって、沖縄には製造業が育たなかった。そして今、日本という国は、全体として製造業が賃金の安い海外に移転して、第3次産業であるサービス業が増えてきています。日本の産業構造が沖縄型に変わりつつあるということです。周回遅れで、沖縄が日本の最先端を行っている。そういう中で、先ほど日銀短観業況判断DIの話をしましたが、全体が+1桁台のときに、沖縄だけ+46とか+39とか、次元が違う景況感の強さを持っています。これをどう捉えるか。これからの時代、日本の方向性を逆に沖縄から発信していけるのではないかということです。

 このような状況で、琉球大学の置かれた立場とか位置付けも自ずと定まってくるのではないでしょうか。先ほどの台湾との関係もありますが、目を海外に向けて、若い学生たちをもっと海外に送って、グローバルな人材を育てていく。こういう役割は、やはり琉球大学に担ってほしい気がします。海外に進出する沖縄の企業もこれからますます増えてきます。例えば、シンガポールに沖縄県が事務所を出しました。シンガポールのチャンギ空港と那覇空港の直通定期便を作り、ハブとハブをつなぐと、一気に世界が広がっていくという、そのような構想があります。そうすると、全く違った展開がこれから出てきます。

大城ー 頭取がおっしゃったように、沖縄が日本を引っ張っていくという形になればいいと考えています。そのためにも、琉球大学が中心となって、アジア・太平洋地域の大学とのネットワークを強化して、教育研究拠点としての地位を確立しなければいけない。本学の長期ビジョン「地域とともに豊かな未来社会をデザインする大学」と「アジア・太平洋地域の卓越した教育研究拠点大学」は、地域社会・国際社会へ貢献する大学としてのわれわれの決意表明でもあります。

金城ー アジアから優秀な学生がどんどん沖縄に来て、また彼らが戻って行く。そういう人の交流を含め、物流、そして資本が集まる大きな拠点として沖縄が立地する中で、知の拠点という観点で中心となるのは琉球大学しかないでしょう。

大城ー われわれもその事を肝に銘じて、期待される役割をしっかりと果たしていこうと思っております。本日はどうもありがとうございました。

(了)