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済州紀行

2017年07月05日掲載


去る5月24日から、約20年ぶりにJeju(済州)島を訪れる機会がありました。「十年ひと昔」からすると、前回の訪問はふた昔も前になります。20年の月日が経過すると、時空場が変化するので、当然に多くのものが変わります。その一方で、変わらないものもあります。

 大きく変わったものは、済州道自身と言ってもよいでしょう。以前は国内の他の自治体同様に、韓国内の一つの自治体(済州道)でしかなかったものが、2006年7月1日に済州特別自治道となって以来、高度の自治権をもつ国際自由都市としての発展が続いています。英語表記も、ChejuからJejuに変更されました。

国際自由都市構想ですが、沖縄県では、1996年11月に策定した国際都市形成構想がありました。元祖・沖縄では葬り去られましたが、済州道は沖縄の当時の構想に学び、10年前に構想の実現に乗り出し、今も国際自由都市建設の歩を着実に進めています。変化に伴って負の側面も出てきていますので、その成否を判断するにはいま少し時間が必要ですが、さまざまな取組からは、済州道のエネルギッシュなパワーを感じさせられます。

 地元の人たちに伺うと、とくにここ数年の変わり様が激しいということでした。世界ブランドのホテルが進出し、カジノも開設されるようになりました。クルーズターミナルも整備されて、観光客は1千万人をすでに突破しています。

言うまでもなく、街並みも大きく変わりました。特別自治道となって、人口が増え、車も多くなりました。済州道は、かつては2つの市と2つの郡から成っていましたが、現在は、2つの市(済州市と西帰浦市)に統合編成されています。朝鮮半島からの移住者が増えて、「Jejuくらし」が静かなブームになっているとか。それに伴って、中山間部でも不動産バブルが生じているそうです。

 このように済州道の挑戦は、さまざまな変化を引き起こしていますが、変わらないものもあります。その一つは、人々の心情(チムグクル)です。20年ぶりに、かつての科研費の共同研究者たちに会い、旧交を温めることができました。まだ現役で大学(学部)の要職を経験した先生や現に要職にある先生方がおられましたが、清酒やマッコリを囲むと、約20年という時間の経過を感じさせない親愛の情景が広がります。人間の信頼と友情というのは、そう簡単に変わるものではないことがわかり、うれしくなりました。

今回の済州島訪問は、本学の協定校の一つである国立済州大学校のイニシアティブによって、グアム大学、ウダヤナ大学(バリ島)、そして琉大の4大学による「アジア・太平洋島嶼の拠点大学の共同発展協議体」結成に当たっての覚書調印式へ参加するためでした。

和やかなうちに調印式が終わり、その後のフォーラムで私は基調講演を行い、パネリストを務めました。今そして未来社会に向けた大学の使命とネットワークの重要性について議論しました。ちなみに、このイベントは、国立済州大学校の創立65周年の関連行事の一つともなっていて、日を改めて挙行された創立65周年記念式典にも招いて頂き、祝辞を述べる機会も与えられ、身に余る光栄でした。

ヨーロッパを中心とした島嶼に所在する大学のネットワークであるRETI(26大学が加盟。アジア地域では本学のみ参加)と、今回の4大学による共同発展共同体の双方のメンバーである本学は、島嶼に所在する大学の世界的なネットワークづくりのカタリスト(触媒)の役割を果たすことが唯一可能な大学です。その重要な役割を果たすためにも、地域特性を生かした研究のとんがりを研ぎすます一方で、タフなグローバル人材を育てるための特色ある教育プログラムを組み立てることが肝要だ、と認識を強くしたところです。

緑豊かな済州大学校

共同研究者だった鄭光中先生(左)と金東栓先生