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アメとムチ

2017年05月23日掲載


沖縄に帰って来てからというもの、馬にまたがる機会がすっかり減ってしまったので、乗馬が趣味だというのは過去形で表現するのが正しいかもしれません。とりわけ、最近は多忙を極めているので、鞍や手綱などの馬具の手入れもおろそかになっています。皮製品はしっかり手入れするのが鉄則だ、ということは解っているのですが。

私は馬とはアイコンタクトをとります。目を見て、その日の馬の調子が分かります。ヒトについても多少は当てはまります。馬は数百kgの駆体ながら、たいへん神経質な生き物です。さびしがり屋でもあります。一人(頭)ぽっちにすると神経質になって調子が悪くなり、最悪の場合は死に至るような腸捻転を引き起こすこともあります。死に様は、豪快かつアッサリしたものです。腸捻転を起こした馬の場合、倒れ込んで四つ足をバタつかせて、アッサリと息を引き取ります。

1日に30㍑以上も水を飲む馬ですが、喉が乾いた時以外、馬に水を飲ませることは至難の業です。だから、脱水症を防ぐために飼い葉に塩を混ぜて食べさせます。人に対しても、その人の気が向かない時に、何かを強いることは馬と同じだと考えて、強要しないことにしています。

ところで、乗馬は、馬場も障害も競技に向けて練習する時は、馬もヒトもたいへん大きな負荷(運動量)となるので、1セットはせいぜい30~40分が適当な練習量です。年中暑い沖縄では、空調の効く室内競技場があれば別ですが、乗馬は適していないと思っています。しかし、サンセットの時刻に馬にまたがって散策するのは、たまらない楽しみです。

乗馬を練習する時は、ポシェットに人参を一口サイズに切ったものを入れ、片手にムチを持ってまたがります。うまくいった時には、「よくやった!」あるいは「この調子だ!」と首すじを「よしよし」とたたいて人参を与えます。うまくいかなかった場合は、再度くり返して、その箇所でムチを入れることがあります。ムチを入れるといっても、競馬の追い込みのように強く叩くことはありません。臀部にムチを当てて、気づきを与えることによって、うまくいかなかった箇所を改善していきます。ですから、ムチは罰を与えるためのものではなく、馬をコントロールするためのものなのです。

よく「アメとムチ」という言葉を使うことがあります。「沖縄振興というアメと米軍基地の押しつけというムチ」などのように使います。英語では“carrot and stick” なので、日本語になる時に人参がアメになったと考えられます。ちなみに、馬は角砂糖も大好きです。馬も甘いものを食べると、副交感神経が優位になり、気が落ち着くようです。

馬は乗るヒトを選びません。脚の長いヒトも短いヒトも、体重の重いヒトもやせたヒトも、どのような乗り手であれフィットします。私の夢は、このような馬の特性を利用して、心身に障害をもった人たちにホースセラピーの機会を作ることです。ホースセラピーのためには、まず馬に親しむことです。それも含めて多くの人に馬の気持ちを知ってもらいたいと思っています。

馬のいないところで、馬に親しむというのは矛盾しているようにみえますが、まずは本の中で親しむことができます。馬の気持ちを知る最良の書は、イギリスの女流作家アンナ・シューエルの『黒馬物語(Black Beauty)』です。私の愛読書の一つです。シューエルは痛いほどに馬の気持ちのわかる人だと思います。物語といえども、馬の気持ちを細微にわたって描写することは、よほど馬を知り尽くした人にしかできない仕事です。ちなみに、この本のサブタイトルは、The Autobiography of a Horse(ある馬の自伝)ですので、作者シューエル自身を重ねた物語かもしれません。『黒馬物語』を読むと、馬を好きになること、まちがいありません。