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ベンチャーの巨星落つ

2015年8月12日 掲載


本学の顧問であられた株式会社堀場製作所最高顧問の堀場雅夫さんが、肝細胞癌のため、2015 年 7 月 14 日 18 時 54 分、京都府立医科大学附属病院において逝去されました。残念この上なく思います。心からご冥福をお祈り申し上げます。

7 月 14 日は、午前中に京都府立医科大学の吉川敏一学長と意見交換をした後、堀場さんをお見舞いしようとしましたが、たいへん厳しい状況であるということで面会できませんでした。ご快癒をお祈りしながら、病院を後にしました。

その足で大阪梅田のダイキン工業本社をお訪ねし、井上礼之取締役会長に本学の顧問就任をお願いしました。井上会長の顧問就任は、堀場さんが直筆の書状をお送りし、直々にお願いされたとのことを井上会長から伺いました。井上会長は超多忙の職に就いておられますが、本学の顧問就任を快諾していただきました。これも、堀場さんからの一筆があったからにほかなりません。

その後、帰沖のため関西空港へ向かいました。関空で出発を待っている時間帯に、堀場さんは息を引き取られたようですが、7 月 14 日の長い一日の出来事は何か因縁めいたものを感じました。

堀場さんとの出会いは、かれこれ 10 年前になります。沖縄の起業者向け講演会終了後の懇親会の席でした。「琉球大学は、産学官連携の仕組みをしっかり作ってい ますか?」というご質問に対し、「まだです…。」と答えたことが、つい先日のように思い出されます。

このような出会いがあって、琉球大学を応援したいというありがたいお気持ちを持って下さるようになりました。そのお気持ちが形になったものが、そうそうたる琉大顧問団(アドバイザーとしての応援団)の結成でした。残念ながら、ご存命中に琉大の産学官連携のサクセス・ストーリーをお目にかけることはできませんでしたが、私の任期中に見える形にしたいと決意を新たにしているところです。

堀場雅夫さんが若かりし頃は、たいへん厳しい方だったと伺っていますが、私を贔屓にして下さった八十路の堀場さんは、円満・純真でユーモアのあるお方でした。最初に京都の堀場製作所を訪問したとき、エレベーターのドアに「おもしろ おかしく」と書かれていた社是の8文字がたいへん印象に残っています。この社是こそが、堀場雅夫さんの人となりを表現した至言であると納得した次第です。

堀場雅夫著『仕事ができる人 できない人』2012 年 5 月、三笠書房より金言二首を引用して、追悼の意に代えます。


  • 「忘却力」は「記憶力」同様、いい仕事をするための重要な要素なのである。(90 頁)
  • 仕事を通じて自己実現を図ることこそ幸せな生き方である。(237 頁)